写真を撮る 4

 

 今年、2001年のキノコは不作であった。にも関らず写真を撮ることが少なかった。

その理由はこうだ。

一昨年の不作の時は、小さな名も無いキノコが多く在って、それらを写真に撮った。

他にする事が無いから、写真を撮っていた。だから、不作の年は写真が撮れるものと思ったのだ。

然し今年の不作は違った。それらのキノコすらも少なかったのだ。

 

 ニコンF2フォトミックS、シグマ・マクロ2.8/50mm EX                        

本当は軽いNew FM2を使いたかったが、ファインダー視野率100%は、やはり魅力がある。

そして、時にはプリズムを外して、直にピントグラスを覗いた。但し、老眼の私に

はなかなかピントを合わせることが出来ない。だから滅多にそんなことはしなかったが、

それでも苦しいアングルの時には有効だった。

その外にF2を使った理由は、若しこれが壊れても、FとFM2があると云う安心感だ。

一台壊れるともう使えるカメラが無いと云うのは、恐ろしい事だ。

今迄、本当にそういう事態が頻発したのだから、かなりの恐怖感を持っている。

安心出来る物を温存する。これが俺の哲学。

 

 キノコの写真もそうだが、風景と云うのも難しい。

空を見て、最も写したい所に露出を合わせる。ジンイチマスター11でだ。TTLは余り頼りにならない。

少なくとも、私には。本当は、使いこなせないと云うのが本音だ。

それが最も真実に近い。然し最近になって、F2の測光範囲を知った。

 紅葉が綺麗だった。空を見て、紅葉を見て、露出を決める。

ジンイチマスター11は、80%以上はドンピシャになる。

問題は、構図と、光線の具合だけだ。これだけは、天性と云うのか何と云うのか、全くセンスがない。

早津先生に美術を3年間も教わったのに。

私は実に、素直で良い生徒だったと思うのですよ。一生懸命に勉強しようとしたし、

先生のお話は一生懸命に聞こうとした。構図の勉強だって、ちゃんとお話は聞こうとしていた筈だ。

それが如何だ。ナーンの足しにもなっていない。

やっぱり私は、劣等生だったのか。今更ながら、残念ではある。

勿論、花の写真も、キノコの写真も、構図というのは大切だと思う。だから、

自在館さんの花の写真を見せて貰って、勉強しようと思っている。

 では、櫻井秀夫さんの写真は、如何だろうか。

彼の写真を見るというのは、僅かに、年賀状や暑中見舞いのポストカードだけだ。

もう、心の中があったかくなる。ああ、山だなー、と思う。私の心の中の山だ。

構図が如何だとか、何が如何だとかの論議は不要。私の心が、すーっと入り込むのだ。

一体、櫻井氏の写真は、何と言い表せば良いのだろうか。うーん、と、考えるだけ。

  そして、米山さんの写真はどうなのか。

うーん。私には本質が見えない。尤も、見える筈も無いのだ。

彼のは、「秀さん」の山への想いとは一寸違うと思う。

彼は山というよりも、この地球そのものを、彼自身の眼で見ているのだと思う。

彼の体の中には、小さな地球が潜んでいる。

 

 これから、冬になる。

小さな私は、どんな写真を撮れば良いのだろうか。

かなり深刻な様でも、私はそれほど悩まないのだ。この性格がそもそもの悩みか。

 再た、仲間たちと一緒に仕事が出来る。馬鹿な事を言い合い、真剣な議論も出来る。

或はのんびりと、本も読める。

実は、βのビデオデッキが以前から壊れたままである。そして、8mmのデッキが壊れた。

真電に持って行って、見積不要の即修理を願った。これが私の思慮不足の所。ひょっとすると、

修理代よりも中古品を買った方が安い事もあるし、ひょっとすると新品を買った方が安い事もある。

まあ、これはこれで良いのだが、古いβのデッキを持ち出してきてセットした。

ものに依っては綺麗に再生出来るテープもある。何より、古いテープが再生出来た。

例えば、松坂慶子、倍賞美津子、その他、豪華キャステイングのドラマ、

「サーカス村 裏通り」なんてのを、深夜迄見てしまった。

また、「日本の素顔」「ノンフィクション劇場」なども、見てしまったね。

 写真であれ、ビデオであれ、或は映画であれ、昔の記録が「見える」のだ。

これは嬉しい事だ。

だから、所謂スナップショットなる写真の存在意義を充分承知しているつもりだ。

でも、私はそれを撮ることが出来ない。何故か。

そもそも、私にはそういうチャンスが無い。そして、勇気も無い。

何故勇気がいるのかといえば、何かのトラブルに巻き込まれるのが厭なのだ。

話が横道に逸れた。

実は、ニコンF2を3台、修理したいのだ。てんぐ屋から購入した2台は未だ動く。

でも、何時動かなくなるのか、不安だ。何故F2なのか。

五十嵐さんに戴いたFが在るではないか。あんなに愛機だと言いながら、見捨てるのか。

浦安の叔父さんから買って貰ったNew FM2があるではないか。見捨てるのか。

そうではない。信頼出来るのを温存する、俺の習性だ。とは言え、やはり冬にはFを使おう。

ハンドルを握りながらシャッターを切っても振れない。

レンズは何が良いか。一寸見当がつかない。何を撮るかが問題なのだ。

雪の結晶という宿題もあった。霜という宿題もあった。

 

 2002年になった。

縁あって、シャランのニコンFシルバーモデルで2本撮ったが、結構綺麗に撮れているには驚いた。

固定絞り、固定シャッター、固定焦点、ミノックス・フィルム。

露出の問題はなかった。という事は、かなりいい加減でも写るという事だ。

だが、これは私の実用機ではない。早々に売り払った。

 

 さて、春は5月。

今年のゼンマイ山には、nFM2を使っていた。それが、壊れてしまった。

露出関係と、シャッターボタンが、使えない。これは大変な事になった。

信頼出来るものが、F 一台だけになった。F2は何時故障するか分らない。

多分、腰にぶら下げた鉈と、常にぶつかり合いをしていたのが原因だろう。

F2ならこの程度では壊れなかった。イワオカメラさんに持って行けば、

「やっぱり使い方が荒いな」と言われるだろうな。修理は出来ないな。

第一、金がない。

 

 6月。

 悦子に、シンガポール、マラッカへ連れて行って貰った。

F2とBESSA L を持っていった。

少年の頃に憧れた、南十字星を見た。ジョホールバールで見た。シンガポールで見た。

とても綺麗だった。美しかった。そして欲が出た。マゼラン雲を見たいと思った。

この願い、何時か叶うだろうか。

南十字とは間違えやすいと言う偽十字が見えなかった。これも見たかったものだが、判明出来なかった。

小舟に乗って川面から見る満天の星空。空は澄んでいたし、街灯などの邪魔な光も無い。

小さい赤道儀を持って行きたいものだ。

帰国した翌日だったか、金環食があったという。シンガポールでは多分皆既にはならなかっただろうが、

もう2日帰国を伸ばしていたらと思うと、残念であった。

 6月13日。

明日から就職だ。山の仕事や諸々の事が残ってはいるのだが、それらよりも先ず生活。

何とかF2とFM2を修理しなければならない。その為にも6,300円の失業保険ではやっていけない。                                                               

出社したと思ったらもう日曜日。下荒沢の茸場に行った。

藪がひどくて、草刈り機で先ずは道刈だな。綺麗な茸が出ていた。アミガサタケらしい。

早速写真を撮る。が、しかし、このフィルムを紛失してしまった。何という事だ。

確かにフィルムを交換したのだが、リュックの中に入っていない。大いに慌てて、

大いに嘆いたが如何にもならない。こんな事ってあるべからざる事なのに。

悲しい想いで気取り直して、茸の駒打ちの準備だ。

然し雨が続く。せめて週休二日なら良いのに。雨だから、カメラは持って行かない。

 

 さて、白戸川での事だ。

あそこに川蜻蛉がいたのだったろうか。

記憶では塩辛トンボのようなものと、ムカシトンボしかいなかった。

白戸なら、川蜻蛉がいたに違いないと思う。が、何しろ6月には下山してしまったから、

何も分らなかったし、実はあの頃は、興味もなかった。通年で調査をすれば、何が出てくるか分らない。

きっと新発見の動植物がいるに違いないと思う。

せめて、マイクロレンズが欲しかったなあ。そんなレンズの存在さえ知らなかったが。

実は蓑和田の現場で、美しい川蜻蛉を見た。

土樽の川で見たものとは少し違うような気がした。又、銀山で見たものとも違うと思う。

胴体は銀灰色。羽根は明るい金茶色。

又、今年初めて見た糸蜻蛉。糸蜻蛉、だと思う。これは銀山平。

体長が極めて短く、3cm位しかない。緑色。沢山翔んでいたが、写真は撮れなかった。

これを撮るには、おそらく200mm前後のマクロレンズが必要だろう。何しろ1m以上は近付けないのだ。

木の葉に止まる。慌ててレンズを向けて近付くと、すぐに逃げてしまう。

悲しい。

蝶もそうだ。30cm位の所に距離を合わせて、そおっと近付く。

あと20cm!勿論、息は出来ない。あと10cm! ・・・・・・・あっ!

逃げた。

 

 6月から11月まで、あまり写真を撮っていない。だからこの間、特記すべき事もなか

ったし、面白い事もなかった。

 10月28日夜から雪が降った。

何と、この年の茸はこれで終わった。漸く盛りになろうかという時になって、この雪だ。

赤字というよりは、大赤字だ。こんな年もあるんだなと、自然の驚異を肌で感じた次第。

当然、お客さんはがっかりする。当然、わが家計は火の車になる。

当然、写真も、撮れなかった。

そして、高速の除雪隊は、連絡員だった。薄給。

これは月給40万円位になるという昔の決まりがあったが、わが社では知らないという。そういう会社だ。

2003年3月。湖南が車を買った。日産の Pao。13年前の、この車が気に入った

という。これで湖南も、自由に行動出来、私はどこで酔ってもいい事になった。

 

 さて、失敗談である。

2003年4月6日。

フジカST6052.に、父から借りたゾナー2.8/85を着けて、山へ行ったのだ。

普通のM42マウントだから開放測光は出来ないとしても、完全に稼働すると信じていた。

それが、あろうことかレンズのお尻がミラーに当たって、シャッターが切れないのだ。

残念な事だ。どうやら、開放測光用のカメラは、M42マウントと雖も、互換性に問題がある場合もある、

という事だ。そもそもスクリュウマウントで開放測光というのが、無理だったようだ。

アサヒとフジカでの開放測光の情報伝達方式が違うらしいという事は、その他の会社でも、

それぞれ別の方式を採用している可能性が高い。

だから、私は、ゾナー85mmは、ペンタックスSPで使うより仕方が無い。

早い話が、昔のままだという事だ。然し、今の私のSPは、父が使っている機体よりも製造番号が若い。

古いのだ。そして、ブラックボデイ ではなく、普通のクローム仕様だ。まだフィルムを通していない。

シャッター膜に少しの皺がある。ひょっとすると、故障するかもしれないと思ったのだった。

だが、この、ゾナーを使いたいとなれば、今の所それしか方法が無い。

何しろ、ペンタックス機での完動品が無いのだから。オーバーホールが出来たら良いのだけど。

それにしても、このレンズで撮りたいものが多くありすぎて困る。

然し父が、タクマーよりもゾナーの方が良いというので、やはりこのレンズは、父に返す事にした。

 

 湖南が就職をして、少なくとも、写真に関する出費が減った。

だからといって、それでどうなるという程のものでもないのだが、その代わりに鈴音に言ってみた。

「今度は、鈴が写真をやらないか?」

首を振って、拒否。やはりこの子には、「ティアラが良い」と言った時に、そのままそれを遣れば良かった。

あの28mmのレンズで、結構な写真を撮ったのだったから。

そうすれば、写真を続けてくれたかもしれない。

鈴音には、映像的な感性があると思う。多分、兄弟の中では抜群だろう。

自然を見つめる目においては、多分かなりの水準だと思う。これを生かさない手はない。

だが、何時その気になってくれるのかは分からない。

 

 浦安の叔父さんから、PROVIA 100 Fというリバーサルフィルムを貰った。

「露出なんて簡単だよ。+−を勘でやればいいんだ。今位だと、1/250s. F811 に決めたら、

それを基準に+−の補正をするんだ。」                                       

その通りだと思う。俺のやり方と同じだ。それで一本撮ってみようかな。

そう言えば、25年も前になろうか。駒ケ岳スキー行で、小屋の中での映画撮影が出来ないと思い、

リバーサルフィルムで記録した。ストロボもない撮影ながら、綺麗に写っていた。

全くの山勘撮影であったのに。となれば、それ程気にしなくていいのかもしれない。

然し待て。

ネガカラーフィルムでさえ今の様な状態なのだから、リバーサルはきついだろう。

自在館さん、米山孝志さんが、リバーサルを奨めているし、桜井秀夫さんもベルビアを使っている。

そう言えば、以前もこんな事を書いたっけなあ。

 

 ゼンマイ採りの準備に、追われている。

ところが、体が思う様には動かず、なかなか捗らない。鈍ってしまったという理由だけではなく

、肩の痛みと、それから、もう若くはないという事なのだそうだ。やるべき事が多過ぎる。

今年も、辛い年になるのだろうか。写真など、撮ってはいられないのだろうか。

でも、やはり、写真は撮りたい。

出来る事なら、ただ写真を撮るための時間がほしい。叶えられない夢ではあるが、

何時か必ずその為の時間を持とう。希望を持とう。

そして、若し叶えられるなら、白戸川へ行きたい。あの原生林の中で、光を追いかけていたい。

蝶や蛾や、蜻蛉、小さな花。ひょっとすると獣やイワナなども、撮れるかもしれない。

そうだ。ゼンマイの色の種類なども撮りたいのだった。それから、春蝉だ。

茸も、全く多くの種類があるに違いない。

テントや食料、写真機材などを背負うとなると随分な目方になるだろうな。少なくても一週間は居たいから、

60kg. は必要だ。ということは、荷揚げに2日間必要で、やはり苦しいな。

それならば、二又川の上流はどうだろうか。

二又川の、「丈の沢」辺りに幕営すれば、これは完全に一日で楽勝のコースだ。

待てよ、丈の沢ではなくて、岩手の抜採士さんたちが暮らした、あの土場が良い。

あそこからは、本流のあの滝にも一日で往復出来る。丈の沢へも入れる。

丈の沢は、誰かが沢登りをした跡があった。ほんの口元の最初の枝沢までしか行った事が無いが、

まあまあ良い沢なのだろう。父が放流したイワナも、まだいるかもしれない。

ダメだ。駄目だ!

そんな余裕など全く無い!

俺の人生は、だだ忙しいだけで終わってしまうのだろうか。嗚呼!   15 Apr. 2003

 

 さて、ニコンF2 body No.7301435 のオーバーホールが終わった。

まだFの生産が行われていた頃のものだ。この機体は北海道旅行で使ったが、

一駒置きにしか写らなかったものだ。その直後、栃尾又の遊歩道で故障を確認した機体だ。

モルトの張り替えもした。

シャッターの故障も直った。幾分、シャッター音が静かになった。重い事は重いのだが、やはり使い易い。

これが、ペンタックスLXの様な測光方式だったら良かったのになあ。

何故かというと、この機体はアイレヴェルファインダー仕様が断然スタイルが良い。

今年はこれを、銀山の山奥に持って行こう。一昨年は、初めて見た鳥が写っていなかったから、

その雪辱戦だ。200mmを着けて行こう。湖南の300mmを借りて行っても良い。

 

 それにしても、F2はアイレヴェルファインダー付きの姿が、実に美しい。

私は、これのブラックボディを見た事が無いのだが、所謂クローム仕様の機体は、優しさが伝わってくる。

「羊の皮を被った狼」という話を連想する。

これに、黴だらけの200mm F=4 を着けたら、急に、最短距離ストッパーを外したら

接写が出来るのではないかと思ってしまった。それで、これをばらし始めたのだが、

どこまでやってもストッパーが見当たらない。

変だぞと思っているうちに、レンズマウント、自動絞り機構までバラしてしまった。

諦めて組み立て始めたが、やはりここが仁一の仁一たる所以だ。上手く行かない。

結局、後日あらためて再挑戦という事になった。嗚呼、馬鹿だったなあ。毎度の事だけれども。

もう一台、オーバーホールに出してある。FM2だ。何時までも手に馴染まなかった機体だ。

これも、完了したとの電話があったという。何しろ、今ではすっかり手に馴染んでいるのだ。

それに、軽い。そして、AFレンズが、開放測光出来るのだ。

然しこの機体は、余り頑丈ではないという欠点がある。イワオカメラさんが言う様に、

私の使い方が荒っぽ過ぎるのかもしれないが、それでも、故障は困る。

だから、山での使用は避けねばなるまい。ただ、少々不審なのは、FE10でさえ故障しなかったのだ。

もっと荒っぽく使ったのだ。それが、より高級なこの機体の方がショックに弱いというのは納得が行かない。 

機械式シャッターの弱みなのだろうか。

 

 

 ゼンマイ採りが始まった。4月20日から。

まだまだ少ない。今日23日の収穫は片手で一握りだ。

今日は天気予報が悪かったので、カメラを持って行かなかった。

こういう時に限って、素晴らしい被写体に出会うのだ。

イタヤ沢の高地から、駒ケ岳とその前景が、弱い光の中で美しかった。

この場所へカメラを持って行った事はない。暈雲と謂うのだろうか、温暖前線通過の前に発生する雲が、

頂上の上に三重に懸かっていた。85mmの画角の世界だ。それより短くても長くてもいけない。

ニコンマウントの85mmは持っていない。全長の短いレンズが欲しい。

長いものは携帯に不便だ。ズームレンズは一体長い物が多い。画質が云々と言うよりは、

その長さで使う気になれないのだ。24〜120mmAFが、半分の長さならば、非常に便利だと思う。

あのレンズは結構画質も良い。

昨日はカメラを持っていた。然し、山の上では駒ケ岳が半分しか見えなかった。

シャッターを切ったのだが、下へ降りたらその雲が消えて、新雪が輝いていた。人生と同じだな。

うまく行くと言う事が無い。結局、駄目だったと言う事。

又、雨時々曇りと言う天気予報なのでカメラをリュックに入れて行った。

なる程雨足はそうひどくはなかったが、リュックからカメラを出してファインダーを覗いた途端、

レンズ、アイピースなどが、あっという間に曇ってしまった。

フィルターを外しても駄目。結局、一枚の写真も撮れなかった。

こういう日もある。

 

 4月25日。天狗屋で、籠の中に入ったガラクタ一式が29,800円だという。

湖南にそう言われて行って見た。なんと、アサヒペンタックスSP−F、SMCタクマー 1.4/50,

スーパータクマー2.8/105, スーパータクマー 3.5/24, ヤシノン 3.5/45135,その他少々のガラクタ。

全てポンコツながら、HD電池アダプターが付いていた。SR−44が一個あれば、この露出計はOKだ。

指針も動く。然も、SMCタクマーを使った場合、開放測光なのだ。

さて、翌日、このカメラに105mmをつけて山に行った。85mmの方が良いと思うが、

山の規模によってはこれでも良い。一枚も撮らなかった。105は長過ぎる。

矢張り「私の山」では、85が良い。まあ、何が何でもという程の事ではない。

レンズを1本しか使えなかったという頃に比べて、何本もレンズを持っている事が良い写

真につながる訳でもない事を、私は知っている。随分多くのレンズが使える身分になっても、

良い写真を撮った事がない。父のゾナーを嵌めて見たが、レンズの尻が長すぎて、矢張り使えない。

これは、ミラーボックスの下部が張り出しているせいだ。

さて、明日の予報は「晴れ」だ。

こうなったら何本かのレンズを持って行こうか。余り乗り気ではないので、何時もの様に1本にしようか。

50mmにするのならニコンを使う。でも矢張り105mmか。ちょっと長いけれども、まあ、頑張ろう。

スーパータクマーは、逆光に弱い。今のレンズに慣れ過ぎてしまったからそう思うのだ。

昔は、それなりのレンズフードを取付けて写真を撮った。多層幕コートのレンズになったら、

全くフードを使わなくなった。今度から、フードも持ってゆく事にしよう。

然し、写真を撮っているうちに、このSPFの露出計が狂っている事に気付いた。

どうもおかしい、と気付くまでに、かなりの時間がかかったが、TTLの露出計を使わないでいて、助かった。

雪と小川とニワトコの花を一緒に撮りたかったので、露出計のスイッチを入れた。

とんでもない数値を示していた。「何だ、こりゃ!」

カメラを襷掛けにして藪の中を徘徊するのは、どうも気が引ける。カメラケースを、

玉が長い為に使えないから、尚更だ。明日は50mmにしよう。SMCタクマーだ。

念の為、これで露出を確認した所、今度は、開放測光が駄目になっていた。という事で、明日はニコンだな。

重い機体にマクロレンズ。俺の定番だ。こちらはオーバーホール完了機だから安心だ。

露出計は、点検しなかったけど、今の所大丈夫だ。

さて、翌日も快晴だ。朝6時半から12時までぎっちり、F2を襷掛けで山歩きだ。

なんと、肩が痛んできた。うーん、辛い。

ペンタックスならばどうだろうか。実は、20歳の頃、13時間づつ3日間位ぶら下げた事がある。

背には13貫目の荷物。ペンタックスAP+2/58mm

その時は、余程カメラを捨てようかと思った事だった。だから、殊更ニコンだからという事はないと思う。

30年前と今とでは、まず体力が違う。それを考えれば、500gr.と1kr. の違いなどは五十歩百歩だ。

それにしても、ゼンマイ採りは辛い。腰が、膝が、足が、痛む。

そんな辛さの中で、カタクリの花を2枚撮っただけ。

家に帰ったら、米山孝志さんから、駒ケ岳勤務を辞めたとの挨拶状が来ていた。9年間だという。

ご苦労様でした。彼のおかげで、駒ケ岳が多くの人々に喜ばれる山になった。

 

 寒冷前線が通過中の山に居た。湖南と二人。4月30日。

余りにも手先が冷たくて、もう一ヶ所を回るつもりが、「止めようや」という事で帰って来た。

二人でズブ濡れ。思ったより風は強くなかったので助かったが、それでも指先がしびれて困った。

当然、二人ともカメラは持たない。然し、山の上から見下ろすと、

雨に煙る稜線が幾つも幾つも重なって美しかった。勿論、こういう風景は私の手には負えない。

どうすれば良いのかを考えるよりも、撮らない道を選んだのは、ある意味では賢明だったのだろう。

フィルムを無駄にしなくて良い。がっかりせずに済む。でも、一枚位は撮ってみたい風景だなあ。

雨の日は花も綺麗だ。多くの花はその花びらを閉じてしまっているが、キバナイカリソウが、

とても綺麗だ。しおらしく見える。ショウジョウバカマも、普段とは違った風情を見せる。

そして何という名かは知らないが、黄色い梅の様な小さな花も、小さな枝に、咲いている。

雫を溜めては、ぽとりと落とす、何とも言えない風情がある。

 こんな雨の中でも、鳥が翔ぶ。種類は少ないが、活発に翔び回っている。

ああ、早く炬燵に潜り込んで暖まりたいなあと思うけれども、鳥が翔び回るのを見ると、我慢出来る。

明日は晴れるかもしれない。晴れそうだ。晴れると良いな。

 晴天というのは良い。気持ちが晴れる。すっきりする。

5月になってニコンF2を持ち歩いている。未だ一枚も撮らない。撮れないのだ。

理由はない。故に弁解もない。

ゼンマイが盛りになりつつある。花が咲き始めた。漸く写真が撮れる。

という事で、今日は随分酔ってしまった。

 

 2003,5,9日。                                                         

ここのところ、ずうっと レチナ2.aも、持ち歩いている。非常に軽量で、小さく、携帯に便利だ。

果たして写っているのか否かは別として、速写には向かないものの、ああ写真を撮ったな、という感じがする。

毎日山の中で暮らしていると、雪の消え方が早い事、木々の葉があっという間に萌え出づる事、

何時の間にか木や草の花が咲いている事などに気付く。写真機を持っているからなのか、

そうでないのかは分からないが、矢張り写真機を持つ事に依って自然の変化に敏感になるのだと思う。

故障が直らない事がちょっと残念だが、この写真機(カメラではなく、これは写真機だ。)

は、実に良い。このレンズに、誰か多層膜のコーティングをしてくれないかなあ。

そうすれば鬼に金棒、だと思う。ケースが無いから何時も水筒と喧嘩をし、

リュックに入れられたまま放り投げられている。

壊れないだろうかと心配をしつつ、それでも乱暴な扱いをしている。ニコンFM2ならば、必ず壊れたな。

この写真機の様に、使うのに必ず何かの約束事があるのは、如何にも機械らしくて良い。

因に、レチナ2.aでは、格納する時、必ず距離環を無限遠にセットしなければならない。

フィルムカウンターは、逆算式で枚数を手動セット。零になったら、もうフィルムは巻き上がらない。

また、私のこの機体固有の事ではあるが、普通の人ではまずシャッターが落ちない。

これが、「故障」の内容。

ローライ35は、レンズを沈胴する時に、フィルムを巻き上げておかねばならない。

良いなあ。こういうのって。何となく、機械に「心」があって、対話しながら写真を撮っている様な気がする。

然し、feet表示は矢張り困るなあ。メートルとの併記ならまだしも、フィート表記だけじゃ、

目測ではピントが合わせられない!

 さて、実は、今日の日付けは、2003年、7月13日である。

この所、心にも体にも不具合があって、実に不安定である。

人は、何故一本の背筋を真っ直ぐに通さないのか!

人は何故、真実に生き得ないのか!

私は、性根がいい加減で、人生を身勝手に考え、社会を軽んじる人達を、許せない。

『いいかい、決して戦果を誇ったり、派手に動くことを考えるのじゃないよ・・・』加藤隼戦闘隊長の言葉を、

噛み締めるべきだ。

人を怒らせておきながら、その自らの行為に気付かず、怒るのが悪いと思う人達が居る。

神経が抜けている輩には、多分、何を言っても駄目な事は十分承知で敢えて言う。

「もっと真面目に、自分の人生を生きたらどうかね」と。

或る意味では、私自身に言い聞かせている言葉でもある。

何故まともな写真が撮れないのか。何故優柔不断なのか。何故頑固なのか。

でも、私は私自身の信念に従って生きていると、思っている。信念を捨てるな!

という事で、最近は又、蛾の写真を撮っている。今の現場は照明の関係で、

なかなか手の届く所に蛾がいないので、照明の角度を変えようと思っている。監督に内緒で。

 7月28日。もうすぐ7月が終わる。何という事だ。

今日から、修理が終わった New FM2を使っている。F2と、露出の比較をしてみた。

一絞りの差があった。まあ、その位ならいいだろう、と思っていたら、何と困った事に、

一駒一駒のばらつきが大きい。

只見線が、すぐ下を通っている。通過時間が分からないので、なかなか写真を撮ることができない。

だから、バックホーに持ち込んだ。二回、落とした。ショックを与えたという事だ。再た故障か?

 ああ、私は、頑丈なカメラが欲しい! 明日からは、レチナ2.aを使おう。何故か?

 小さいから、絶対に落とさない!

 結局、FM2は故障する癖がついた。フィルムが巻き上がらなくなる。一旦フィルムを取り出して、

フィルム送りのギヤをちょっと空回りしてやるとOKだ。参ったなあ。

そんなこんなでがっくりしてたら、五十嵐さんから電話が来た。

「ニコン、要らないか?」  えーっっっっっ!

「要る!」

何とまあ、素晴らしく綺麗なニコンFと、レンズを3本も送ってくれたのだ!その他に、

フィルターなどが一杯。人生の師でもある五十嵐さん、大感謝です。以前貰ったFも、

今年から現役復帰しているのに、更にF! 私は、ニコンFに、切り替えた。

リュックに2台のニコンF、実に重い。この重さには、私の嬉しさも入っている。

だが、問題がない訳じゃない。それが、近接撮影の時の露出だ。ここ数日は勘で撮っているが、

果たしてうまく写っているのかどうか、分からない。FM2でもかなりのばらつきがあったのだから、

今更言上げするベくもないのだが、1:2位になると、矢張り不安になる。

露出倍数の計算はどうだったかと、一瞬焦るのだ。蛾はまだいい。大体の見当はつく。

ところが、茸となると、光が安定しない。今度こそ「勘」ではなく「当てずっぽう」になる。

露出計を買わねばならない。

五十嵐さんが送ってくれた荷物の中に、セコニックの露出計も入っていた。電池を入れてもまともに動かない。

多分、修理は出来ないだろう、と思う。第一、新品の電池がない。

それでも諦めずに、いろいろ工夫をしてみたが、うまく行かない。指針はきちんと動き、

光の強弱に依って移動する。但し完全に不正確で、+−幾EVという計算が出来ない程の誤差だ。

セコニックに送れば修理してくれるだろうか。五十嵐さんに頂いたものだから、何とか使いたい。

 

 さて、今日から3連休。

チウナゼの草刈りを始めた途端、草刈り機が壊れた。修理の時間が勿体無いので、新しいのを買いに行った。

これが今の時代。こんな「時代」は終わって欲しいと希望する。使い

捨ては、時代の狂気だ。狂気の時代だ。

それはともかく、午後から清水沢に入った。草を刈りながら茸を捜す。あるある。が、光が足りない。

それで、家に帰ってからストロボの準備をした。ところが、サンパックのものが光らない。

それで、ナショナルの小型のものを試した。OK.でもどうやって使えば良いのか分からない。

それで、ニコンSB−27も準備した。これは、私にしてみるとやや大型。

でも、明日は二つ持って行くつもりだ。ニコンF2台と、ストロボ2台。

何という事だ。私のリュックに、弁当の入る余地がない。

その「翌日」である。松下のストロボが、発熱するだけで光らない。慌ててニコンを取り出そうとしたが、

何と、ニコンが入ってない。何てこった。忘れたのだ。

よくよく見ると、何と、カメラも一台しか入っていない。Oh, NO! それで、茸の写真は、撮れなかった。

こういう事は、しょっちゅうある事、くよくよしない。

8月27日に撮った、カモシカの写真が出来た。

四つ切りで見る限り、ピントが合っていない。鈴音に言われた。

「ピントが合っていない。ブレている。」

ブレているとは思えないが、ピンボケには参った。そして、カモシカが小さ過ぎる。

子供のカモシカで、確かに小さいのだが、せめて5メートル位まで近寄りたいものだ。

 

 9月が終わった。明日から10月。

今年は五日から茸休みだ。良い年になるのか、悪い年になるのか分からない。

でも、精一杯生きてゆくしかない。これが俺の人生だ。

 年が明けて、2004年。2月5日だ。

今日は、米山孝志さんの版画、写真、彫刻展を見に行った。

大感激であった。

 さて、カメラの話である。

数日前、月が暈を被って、その暈がオリオン星座を包んでいた。

あまりの美しさに、ニコンFに、シャッターレリーズを取り付けようとした。ところが上手く嵌らない。

あれこれしているうちに、シャッターボタンが、ころりと落ちた。あれ、っと思っているうちに、

その外側のリングも、落っこちた。

これはゾルキー4の時と同じだなあと思っていたら、実はもっと深刻な問題だったのだ。

どうしようもないから、AR−1という、シャッターボタンを長くするアタッチメントを

しっかりと捩じり込んで、知らぬ顔の判兵ヱを決めこんだ。

そんな事をしている内に、月の暈は消え、風呂に入ろうとしたままだったので裸ンぼ。

身体が全く冷たくなってしまっていた。

そのニコンFは、そのまま使っている。心なしか、ちょっと具合が悪くなったような気がする。

それで、昨夜から、レチナを首にぶら下げているのだ。

 

 2004年3月。

私は、一人乗車の除トラ2号車に乗っていた。朝になった頃、「まくられた!」という無線が入った。

バックミラーに、3号車を追い越そうとしているライトバンが見える。

間もなく私の後ろに来た。ニコンFを片手で持って窓から突き出し、写真を撮る真似をする。

3度目に、ライトバンが後方に下がってゆく。今度は3号車が追って来た。観念したらしく、

一旦2号車に並んでから、又下がって、3号車の後ろへ行った。

莫迦な奴が、未だ居る。近年は、殊に運送屋さんが協力してくれている。

何時も感謝しながら、除雪作業をしている。

昔はしょっちゅうこんな事があった。危なくて仕様が無い。

 

 そして、ニコンFのミラーが割れているのに気付いてしまう。縦に真っ二つ。

これ以上壊れないうちに、使用をやめた。ミラーショックは相当強いものだから、

矢張り使い続けるのは危険だ。

そこで、二代目のFの出番、と思うだろう。勿論初代のFは修理待ちだから使わないのだが、二代目も、

「ちょっと待った!」にした。しょっちゅう落っことしていたのでは二代目も危ないものだ。

だから、何時壊れるか分からないという、F2を出した。

ファインダーがとても汚い。これは我慢しよう。春になれば山へ入る。そうしたらFを使う。

多分、昨年同様、ニコンFとレチナ2.a をリュックに入れて。

 若い頃に、例えば標準マクロ、20mm80200mmの、この3本のレンズがあったなら、

と思う。あの原生林の中で、私は20mmを好んで使っただろうと思う。それに、15mmつきの、

ベッサLだ。これで何を撮るかは、もう言わずもながの事で、原生林そのものだ。

今になってこんな事を言ってもどうしようも無いが、撮影専門の時間を持たないこの身、

矢張り憧れてしまう。

あの、光と影。

あの、新緑。

あの、風の揺らぎ。

あの、水の清冽。

あの、花の色。

あの、昆虫達。

あの、静寂。

           

 春蝉がやかましく鳴き、夜鷹が渡って行き、得体の知れぬ動物が私を取り巻き、蛇が何処にでも居る。

雪渓を渡る風は冷たく、こんこんと湧き出る泉も冷たい。

原生林は美しい。私は、原生林で生きて行きたい。

この日本で、本当の原生林に入る事は、滅多に出来まい。

縄文の時代に、行ってみたいと、切に思う。                                       

 

 

 五十嵐さんから頂いたニコンF

       Nikon F                           body No. 7063849

                                                eye level finder  NO.

                                             photomic finder FTn  No.  462728

                               lens  NIkkor S auto 1:1.2  f=55mm  No.  198369

              Nikon F                                       body  No. 7149667

                                                eye level finder  No.

                                             photomic finder FTn  No.  656712

                               lens  Nikkor S auto 1:1.4  f=50mm  No.  818313

                                     Nikkor Q auto 1:2.8 f=135mm  No.  164064

                                     Nikko UD auto 1:3.5  f=20mm  No.  421753

                                       Tele converter TC-200  2*  No.  225511

 

 こんなに沢山頂いて、誠に、感謝。感激。

このうち、No.7063849 が、故障中。

標準の55ミリと50ミリは取り敢えず使っていない。その他のレンズは、結構使っている。

200ミリをバラしてしまったから135ミリが登場する。重くて大きいが、使い勝手は良い。

然し、これは綺麗なレンズなので、山へは専らこれより新しい、

マルチコーテイングAiS仕様の方を持ってゆく。

雨に濡れたり、木にぶつけたりするので、黴の生えたものを使うのだ。

ちょっとグリスが固くなったのか、距離環が重いのだが、気兼ねなく使える。逆光にも強い。

 

 

 

<<以降つづく>>