いよいよ手仕舞い開始

1年毎の契約である「レンタル・サーバー」賃貸契約が
この9月末で切れるので永い間のweb実験も終わる事にした。
FC2のサーバー管理サイトで自動延長ボタンをOFFし
ドメイン契約も同じようにoffにする。

まあ期限過ぎてもサイトは少しの間生きているようだが
自然消滅するのがwebの運命・・・
HPなるものも実験的な役割を終えというよりも
寧ろ昨今の技術革新には付いていけないのが現実なわけで
老兵はもっと早めに去るべきだった。

座骨神経痛の後は「夏風邪」を長引かせ
この暑さに体力・気力が疲弊している。
とても3000m級の山に登る体力は無いと思う。

古いデータの移行は終えたが
今までのようにブログを書き綴ることができるか
自信がないがとりあえず
このサイトでのブログは自然消滅します。
新しいサイトは↓↓

https://uonuma-slowlife.blogspot.com/

「大力山遊歩道祭り」リハビリ登山

3年ぶりになるのだろうか
雨模様のなか「大滝コース」に参加した。
6時前に集合場所に到着したら雨の様子で
「開山堂コース」に変更するか等との検討も
されていたようだが最終的には
雨が上がることを念頭に決行を決めた。

3台の軽トラの荷台に便乗した11名は
大池川の上流に向かった。
雨に濡れた木々の葉が容赦なく顔をなでる、
流域は先週末に「半夏の草刈り」を終えて
綺麗になっていたのが恒例の風景である。

小生は病み上りでもあり、
最後部についてワラビなどを採りながら登る。
雨具の上下を着ているせいか汗が噴き出すが
さりとて脱ぐわけにもいかない・・・
途中で3回ほど給水の休憩を挟んで源頭部へ
そこで小休止をしてから尾根に出て
最後のアルバイトで「黒禿の頭」へ向かう。

山頂部では各々軽食を摂ったり
小生は同行したS氏の珈琲を頂いたりして寛ぐ。
雨は止んだもののガスが周囲を取り囲んで
眺望はないので各自、「大力山の休憩舎」
に向かって下山をマイペースで下った。

休憩舎では他のコースから登った人達も
加わって寛いでおり久しぶりに大人数である。
なんと、そこに銀山に小屋を持つ友人のH氏夫人を発見
ご挨拶をしたり全員で記念写真を撮ったりした後に
また各自下山を開始して、小生は用意されている
慰労会を兼ねた「バーベキュー大会」に参加、
「海の記念日」に里山を登るイベントを
楽しんで「座骨神経痛」のリハビリ登山を終えた。

今のところ調子は良い。

 

晴登山雨読・・・

「座骨神経痛」を言い渡されてじっと我慢の日々を過ごしている。
2回ほどリハビリと称して里山に登ってみたが
下山後の数日後に痛みがましてきたような気がして
以降は天候がすぐれなかったせいもあって
山積みになっている本を読破する日常。

昨日は病院の予約の件で電話したら
「整形外科」は異常に混雑しており7月一杯は
予約が不可能なような状況らしく窓口受付で
ひたすら待つしかなさそうだ。
だいぶ痛みも引いたので通院はひとまず諦めて
以前に懇意にして頂き、一度体幹の様子を診てもらった
整体師に電話したらまず診ましょうという話になり
昨日の午前中に訪問、さっそく診療。

「座骨神経痛」の患者はだいぶ居るようで
ベットにうつぶせになって体全体を触り
体のゆがみを調整し、最後は症状の出ている
右側の下肢を中心にもみほぐされた。
「痛え・・・」と悲鳴を上げ乍ら筋肉や
筋をマッサージされて関節をゴキゴキ入れ直し
体中が暖かくなった。

「明日はマッサージの影響でややだるさが出るが
それは体が正常に機能していることだから心配しないで
さらに登山等の運動は大いにやって筋肉を付けるように」
との指導があったのでやや安心した。
2種類の投薬も止めた
(薬の影響で肝臓に負担がくるらしい) 
このブログを書いている現状では痛みや痺れは収まっている
(座ると座骨がやや痛みが出ることもあるが・・・)

自然治癒を待つだけでなく筋力をつけたり
ストレッチをするのが良さそうだ。
老体にムチ打って梅雨明けの夏山登山を夢見よう・・・。

リハビリ登山(2)

6月最後の土曜日は何とか雨も上がったので
リハビリを兼ねて「大力山」へ・・・
町内のS氏を誘ったのだがLINE連絡がつかず
歩き始めた後にLINE電話が入ったけれども
結局はボッチ歩行。

駐車スペースには車はなかったが
登山口に自転車が一台、見た所mbaba氏ではなさそう。
前回気になったので今回は鎌を持参したので
登山道に倒れ込んだ枝や足元の草などを掃う。
やがて山頂直下で単独行の男性を追い抜く・・

今回は新調した「ドライメッシュ」(作業着屋さんにて購入)を
地肌に着て薄いYシャツを羽織って来たのだが
値段の割になかなか良い仕事をしている・・。
さて一息入れているところに単独行の男性が到着し
自転車の持ち主が彼であることが判明、
四方山話しをしていたら魚沼に4年ほど住んでいる
単身赴任の同年代であることがわかった。
登山経験は長いらしい・・・
またお逢いすることがあるかもしれず
拙ブログのキーワードなどを教えたのだが・・・
そうだ、町内の知り合いが同じ会社勤めをしている。
今度、連絡先を教えてもらおう・・・

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そうそう今年の9月でドメイン並びにサーバー契約を
終えるのでとりあえずブログを「blogger」へ移植しました。
ブロガーblog

リハビリ登山

ほんの些細な作業で腰を痛めた。
たいしたことはなかろうとその後もウオーキングをしたり
極めつけは「八ケ岳登山」
さほどの歩行ではなかったものの下山後の翌日あたりから
右側の下半身が臀部から下肢にかけて痛みが広がった。
特に椅子に座っていたら右側のお尻が痛い、
寝返りを打っても右側に痛みが走る。

たまらずに病院に出掛けたらⅩ線照射、
医師は映像を見ながら「軽い座骨神経痛」とそっけない。
如何に事案が多いということか、
ものの2・3分で診察終わり院外薬局へ・・・
10日分の薬をもらって一応おとなしくしていた。

昨日は再度病院に行ったものの
薬をもらうだけにしようと受付に行ったら
医師からもさらなるサゼッションはなく、
すんなり2W分の薬を処方された。
だいぶ痛みも治まったのでリハビリを開始することにする。

昨日は病院の帰りに車の車検期限なので整備工場から自宅まで歩いた。
うむ何ともない、天気が良さそうだから明日は里山へ・・・
そんなわけで今朝は7:30に自宅をバイクで出て
まあゆっくりと「大力山」を登ってみた。
一応何ともないので明日からしばらくは雨模様だが
平地歩きだけでも少し続けてみようかと・・・
古希を迎えた体はだいぶヘタリがきているようだ。

ハナコさんもだいぶ雪が無くなった

ハナコさんもだいぶ雪が無くなった

雨上がりの草木は
また新たな成長を続けている。
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本沢温泉から硫黄岳往復(2)

未明に激しい雨音で眼が覚めたので
一度起きてトイレに立った。
それ以降は熟睡できなかったが雨は3時すぎに
小康状態になって4時に起きてスマホを確認したら
諏訪側も小海側も一応「晴れ」予想に変わっていた。
5時には朝食の用意をして「乾燥室」へ向かう、
ここが自炊室(火器を使って調理しても良い)兼用で
テーブルもあったのでN島氏がGASで湯を沸かして
小生はスープや山頂で飲む予定の珈琲用の
熱湯をサーモスに入れたりしながら
持参したパンなどをお腹に入れた。

6時過ぎに一部の荷物を小屋に預かってもらって
雨あがりの登山道を歩き始めた。
すぐに「野天風呂」の案内看板があったが
昨日の雨、さらに登る前に湯に入るのは躊躇われ
野天への分岐道を横目にしながら高度を稼ぐ、
「夏沢峠」までの登山道は急斜面に付けられた
つづれ折りの歩き易い立派なもので
なんなく夏沢峠にある「やまびこ荘」の前に飛び出した。
途中から風と共に小雨が降りだしたので
気持ちを入れ替えて尾根道を「硫黄岳」に向かう。

視界ゼロの山頂

視界ゼロの山頂

思ったほどガレ場歩きは困難ではなく
「天狗岳」に比べれば岩の大きさも小さく
不調の小生の足と腰にはやさしかった。
やはり案内どおり「夏沢峠」からは小一時間で
広い山頂部に着いたのだが視界は全くなく
横殴りの風が強いのでグローブをした手が
かじかむほどの寒さである(体感温度は5度くらいかな)
長居は無用ということで後続のグループの人達に
頼んで記念写真を撮ったあとは速攻で下山開始。
途中で昨夜小屋で一緒だったメンバーともスライド、
皆さん悪天候だと寡黙になって挨拶の声もなぜか弱弱しい。
「夏沢峠」ではまたひとしきり雨足が強くなったが
樹林帯に入ると風は感じなくなり「野天風呂」が
近づいた頃には雨が止み絶好のタイミングであった。

足元には野天風呂が

足元には蓋をされた野天風呂が

最高の気分

最高の気分

用意した防水シートを広げ、ザックを下して靴を脱ぐ、
さらには衣類を脱いでスッポンポンの姿で
湯船に被せてある木の板を外してドボン・・・
湯加減も硫黄泉の白濁した泉質も最高。
何枚も記念写真を遠慮なく撮りまくり
かなりの時間を過ごしたのだが
これから車の停めてある登山口まで1時間ほど
歩かねばならないので無念の思いで重い腰を上げた。
肌に浸み込んだ硫黄の匂に快さを感じ乍ら歩き
「本沢温泉」で預けてあった荷物を受け取ってから
休憩時間だった「T野君」も加わって東屋で
山頂で飲めなかった珈琲を淹れて小休止。

下山前に記念写真

下山前に記念写真

次回は下界の彼が住む湘南の海に面した自宅で
会う約束などして堅い握手を交わす。
時折降りだした雨のなか、
それでも下山路である安ど感も手伝ってか
下界で食べる暖かな汁物のお昼の話題になって
車のところに辿り着いたとたんに雨脚が強くなった。
遅い下山であれば佐久あたりでもう一泊とも考えていたが
松原湖の小高い丘にできた温泉施設の食堂で
昼食を食べたあとに中央道に向かうN島氏と
信越道で魚沼に帰る小生は町営駐車場で別れた。

本沢温泉から硫黄岳往復(1)

このGWに神奈川に住むN島氏の中学時代の友人が
須原を訪問しその折に「本沢温泉」でバイトをする旨の
話をしていたが無事に採用されたようなので
久しぶりの「八が岳」でもあるし
初回の勤務期間内(最初は試用期間だという)に
N島氏と一緒に表敬訪問することにしていた。

平日は会社勤めのN島氏との同期をとる為に
週末にかかる金曜、土曜の日程を組んで
魚沼を金曜日の早朝に発つ予定でいたが
天気が思わしくないので硫黄岳登山は翌日にして
当日は「本沢温泉」までのお大尽山旅ということにし
お昼頃に「松原湖」集合というこにしたわけで
まあゆっくり目の出発になった。

小生の車では林道の最終地点まではむりなわけで
彼の車に相乗り予定で待ち合わせ場所としての
立派な「町営駐車場」に小生の車を乗り捨てて
N島氏のハイパワー4Wで林道の最奥まで走った。
(停めてから回収するまで小生の車1台だけの駐車場)
すでに小雨が降りだしており近年には珍しく
最初から雨具を着てさらに傘をさして歩き始めた。
1週間ほど前にギックリ腰もどきのアクシデントに
見舞われて完治していない体での歩行は辛かった。
N島氏が後方から見ていても歩き方がヘンだと云う、
それでも緩い林道歩きのような1時間ほどの歩行で
助かった。

小雨が降る中での視界には唐松林と
新緑のダケカンバが濡れそぼって鮮やかに
広がっていて雨の中での歩行であるにもかかわらず
さほどの悲壮感はない。
ほぼコース案内どおりの時間に「本沢温泉」に着いたら
小屋の窓から「T野君」から声がかかった、
チェックインをすませばまずは温泉である。
乾燥室に濡れた衣類や雨具を吊るして
予約してあった最上級個室に案内された。
山小屋の個室なのにテーブルが鎮座している、
当初は3名の予定であったが一人減ったので
十分すぎるほどの個室に大満足。

小雨の瑞々しい碧の中に鎮座する本沢温泉

小雨の瑞々しい碧の中に鎮座する本沢温泉

内湯はやや赤みがかった湯で今までの経験だと
奥塩原や赤湯の泉質に似ている(赤みは鉄分ではない)
それでもタオルはすぐに赤茶けた色に染まり
ダイナミックに引かれた源泉は土砂まで運んでくるのか
足元はややざらついていたが湯加減は最高で
早めの温泉を楽しんだ後は飲むしかない。
唯一灯油ストーブが燈っている「談話室」で
持参した500缶のビールと携帯缶に入れた
ワインをちびちびやりながら夕食時間を待つ。

湯気でレンズが雲ってしまったが内湯で寛ぐ魚沼の民

湯気でレンズが雲ってしまったが内湯で寛ぐ魚沼の民

当夜は6人の関西から来たと思われる(関西なまりの会話)
熟年グル-プ、さらに男女カップルが2組、
それに我らの2名という少人数の夕食になった。
嬉しいことに揚げたての熱々魚フライが旨かった。
味噌汁代わりのキムチ鍋風が気温10度以下の
1500mの温泉山小屋には有り難い料理である。

貸し切り状態の談話室

貸し切り状態の談話室

夕食後にもう一度温泉に浸かって
「談話室」で夕食の後片付けを終えた「T野君」も
加わってN島氏が持参した赤ワインを開ける。
アルバイトの応募経緯や今後の勤務スケジュール、
さらには来年の海外トレッキングの話で盛り上がり
消灯時間の8時を越えても飲み続けていたら
一度消えた灯りが「談話室」だけ燈った。
マネジャーの粋な計らいとみたがそれでも9時には
重い腰を上げて山小屋とは思えぬ寝具に潜り込む。

米山訪問

先週に続いて魚沼の山から見える山ということで
「米山」を登ることになった。
R太郎氏もS氏も登ったことがないので
とても良い機会であった。

幾つかのコースがあるのだが
ずいぶん前に利用したことのあった
「大平コース」を選択。
日本海側の「米山」の懐奥く入った
大平集落にある登山口からの登行となる。

魚沼から2時間はかかるかなと
6時出発にしてS氏の愛車で柏崎に向かってGO、
小千谷から小国を抜けて鯨波への抜け道を
走って1時間半くらいで大平集落に着いた。
すでに駐車スペースは満車状態でギリギリセーフ、
そこから20分ほど歩いて登山口に向かう。

最初から急登に作られたやや脆弱な木製階段を
ぐいぐいと登らせられる。
途中で振り返ると凪状態の日本海が見えたし
遥か彼方には妙高、火打の残雪豊かな山姿も見えた。
途中で少しだけ水平歩行やコルへの下降があった
もののほとんどが急登で汗が噴き出す。

避難小屋の後ろには妙高・火打が

避難小屋の後ろには妙高・火打が

穏やかな日本海が広がる刈羽の風景

穏やかな日本海が広がる刈羽の風景

立派な小屋だ

立派な小屋だ

それでも2時間を少しだけ切って
立派な避難小屋のある山頂部に到着。
真夏のような日差しのなかで
乾いた草原に腰を下ろして思い思いに昼食、
恒例の珈琲を頂いて寛ぐ。

登りで追い越した若者グループが近くに
来たので聞いてみたら高1のワンゲル部員、
女子2名、男子1名、引率の教師1名の
柏崎高校生であった。
爽やかな受け答え、若い人達がこれから
山を愛してくれることを祈念しながら
前後して下山の途についた。

彼らは登山口近くにある数台の車が
停められるあたりまで車で登って来たらしく
林道歩きを続けていた我らを置い越し際に
挨拶をして下っていった。
運転していたワンゲル部の担当教師といい
生徒達といい実に快い気持ちで山での
出合を好ましく思った一日であった。

粟ケ岳訪問

GW後の週末はそれぞれの予定もあって
町内の山友との山行ができないでいた。
今週は恒例の週末登山の場所をどこにするか
悩んでいたのだが数年前に雨で中止になった
「粟ケ岳」に再チャレンジすることになった。

下越から中越に向かって高速を走っていると
守門岳の手前にその姿を誇張しているのが「粟ケ岳」で
その冠雪した雄姿は守門岳に比べても素晴らしい。
近くて遠い山であり、登りたいという希望を抱いてから
30年以上も経過してしまったが漸く夢は叶った。

最後の登りがキツそう

7合目から見た山頂、最後の登りがキツそう

五百川(いもかわ)登山口から登ることにして
6時半に魚沼を出て栃尾経由で下田の八木鼻付近にある
登山口に着いた時にはすでに多くの車が駐車場に停まっていた。
登り始める頃は早くも太陽は強烈な光を降り注ぎはじめ
すでに真夏の山の様相である。

守門の二口コースにあるブナ林に匹敵する美林

守門の二口コースにあるブナ林に匹敵する美林

駐車場からはしばらく川沿いの平坦な道を歩いてから
見事なブナ林の緩やかかな登りが始まる。
真夏並みの陽光を緑のカーテンが遮って
柔らかなブナの若葉は汗ばむ我らを優しく包み込む。
6合目で尾根に出てからは森林限界を越えて
灌木が繁る尾根を行くと7合目からは本格的な急登になる。

この花は?

この花は?

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今や盛りの

今や盛りのタムシバ

この雪ももうすぐ融ける

この雪ももうすぐ融ける

牛の背あたりにはまだ残雪が残っていて涼しい、
厳冬期にはすごいナイフリッジになりそうな
狭い岩稜を駆け抜けた。
8合目から山頂まではかなりの急登を強いられるが
暑さと日頃の運動不足が祟ってヘロヘロになった。
それでもなんとか3時間以内に山頂に到着。
山頂部には10人ほどの人達が寛いでいて
S氏と小生は遥か遠くに豊富な雪を湛えた
「飯豊連峰」を遠くに見える位置に陣取った。
強い風が汗ばんだ体に寒い程であり
ウィンドヤッケを羽織って早めの昼食にする。

豊富な雪を湛えた飯豊山遠望

豊富な雪を湛えた飯豊山遠望

守門岳の雄姿

守門岳の雄姿

遥か彼方には飯豊連峰が

遥か彼方には福島の山が

振り返れば守門岳の日本海側から見る北側の多くの雪を
抱え込んだ稜線が長く続いているのが見え
左手には中越の平野部が広がっている。
恐らく生家のあった下越地区のあたりからも「粟ケ岳」が
見えたはずだからここからもあの街が見えるのかなと
ややセンチメンタルになって穀倉地帯を俯瞰してみた。

快適な登山道

快適な登山道

暑さはピークを迎え下山路とはいえ
かなりの汗を流しながらブナ林の中を
緑のエネルギーを体中に浴びつつ下降。
途中の栃尾にある日帰り温泉でさっぱりしてから
魚沼への峠を越えた。

沖縄への旅(4)

最初の予定だと今日が宮古島の予定であったのだが
宮古までの航空券が入手できなかった。
理由は当日に「宮古島」で行われるロックフェスティバルの
参加者がこぞってチケット購入した為に
前日からの分が入手困難であったことが後日解ったのである。

そんなわけで当日一日は最終日にとっておいた
「首里城」見学を最初にやっつけて次は沖縄中部に
移動することにしていた。
「首里城」は那覇の中心部に位置していて
米軍の攻撃で破壊された後に琉球大学の跡地に
復元されたものであることを説明されている。
明治時代に「首里城」から国王が追放され
大戦前には日本軍の駐屯地となり、さらに米軍の攻撃で
廃墟となってからの復活である。
なんともやるせない哀しみを背負った歴史があるのだ。
半分以上が中国、韓国の観光客で日本人は
修学旅行の生徒と年配のグールプといった配分であったが
それでも我らは全ての施設をくまなく回って
「琉球王朝」の全盛時代を思い起こした。

守霊之門

守霊之門

雌のシーサー

雌のシーサー

雄のシーサー

雄のシーサー

正殿

正殿

さてそれからは「辺戸岬」訪問の折に高速で通り過ぎた
「嘉手納基地」周辺を見てみたいとの家人の希望で一般道を北上した。
宜野湾市から沖縄市に入る頃になるとカーナビには
右手に空白域が表示され始めた、
これは内地の自衛隊基地もそうであるように
基地内は米国であるし上空から建屋が確認できたとしても
(いや上空も米国か)機密事項なのだろう。
かなり広い面積の「嘉手納基地」が延々と続いていた。
道の駅で休憩中に3機ほどの米軍機が轟音を響かせて
飛び去ってゆく姿を見て基地の街であることの現実を確認した。

勝連城の城塁

勝連城の城塁

至る所にある御嶽

至る所にある御嶽

美しい石組

美しい石組

さて次はせっかく中部に来たのだからと「勝連城跡」を
見ることにしていたが雨が降り始めて来た。
沖縄市からざまみ市に横走りして反対側の海に出た。
小雨の降る中を傘をさして城跡を登り始めると
やはり至るところに御嶽がある。
頂上部からは晴れていれば遥かなる海が見られるのだろうが
辛うじて波打ち際が確認できるのみで
せっかくの世界遺産見学であったが残念であった。

沖縄最後の夜は久しぶりに肉などを食べて
おとなしくホテル帰ってハシゴはせず・・・・
翌日は公設市場で買い物をする予定でホテルから
徒歩で開場時間に合わせていったのだが
たまたまNHKの番組を撮影する前の儀式と称して
安全祈願のシーンに立ち会った。
関係者と市場の人達だけが参列する儀式で
一応断わって写真を撮らせてもらう。
(この第一公設市場は近々建て替えとのこと)
市場では開店したての店で自宅へお土産として
地元の食材を選んで購入、これにて沖縄旅は終了・・・

お酒を神に供える 紙銭に振りかけていた

お酒を神に供える
紙銭に振りかけていた