今年のキノコ

陸奥の旅をしていて「道の駅」に立ち寄ることは
休憩を兼ねて地元の海山物をチェックする楽しみもある。
「恐山訪問ツアー」の時は「象潟」で見つけた
「鰈の浜焼き」が美味しかった。
青森県では「嶽きみ」がどこにでも売っていて
その甘みには何時も驚いてしまう。

さて今回のツアーで驚いたのは各地の「道の駅」で
「マツタケ」と「香茸」が沢山売っていたことである。
いずれも「赤松林」が生育条件となっているので
魚沼ではなかなかお目にかかれないキノコである。
昨年訪れた「葛巻」と「八戸」の間くらいにある
「九戸」の道の駅では
マツタケと香茸が並べて売っていていずれも
2000円から4000円の価格が付けられていたが
マツタケは多少なりとも過去に味わったこともあるので
思い切って「香茸」を買うことにした。

「香茸」は別名「シシタケ」と呼ばれていたりするが
厳密には違うものらしい。
買ってすぐに包装されていたビニールを剥がし
荷物の上に広げて置いたらその濃厚な香りが
車の中に充満して驚いた。
乾燥して保存、調理するのがベストと「道の駅」で
話した地元の古老が云っていたので
帰宅してからも天日で干し上げた。
(香りはより濃くなった)
そして本日一番小さな一本を戻してから
「混ぜご飯」に仕上げた。旨い・・・・・

TVのニュースで長野県でキノコ採りに出かけた
地元の老人たちがいろんな形で遭難するのを
観ていたら、やはり今年はキノコが豊作なのだと思った。
日本中、異常気象(雨が多かった)のせいで
マツタケが豊作、では魚沼のキノコはと思っていたら
知り合いがクルミ拾いの際に見つけた「アマンダレ」が
凄かったという話を聴いた翌日にやはり庭の片隅に出ている
キノコの認定を頼まれて見に行ったらやはり「あまんだれ」
ものの10分ほどで箱に2つも採れた。

笠の色が白に近い「ナラタケモドキ」

笠の色が白に近い「ナラタケモドキ」

翌日は里山の裾野を彷徨ってみたら
程よい(やや遅い感じもするが)ものがやはりひと山採れた。
早生の「あまんだれ」がこれだったらこれから深山の
ナメコなども豊作なのではとニヤリとしてしまう。

木の切り株にこんな感じで出ている

木の切り株にこんな感じで出ている

霊場・恐山へ(その3)鳴子温泉で飲む

「むつ市」から「野辺地」へ廻ろうと予定して
「陸奥湾」沿いの道路をひたすら走ると
下北半島全体に云えることだが「風力発電」の大きな
風車がすぐ道路脇に空き地で回っている風景に驚く。
名前が「野辺地」などと云うからどんな街かと思ったら
交通網の分岐する街だけあってそれなりに立派なところであった。

陸奥にもアマンダレ(ナラタケ)は売っている

陸奥にもアマンダレ(ナラタケ)は売っている

ハタケシメジも美味そう

ハタケシメジも美味そう

ここでもカーナビの判断に振り回されてしまった。
有料道路優先になっていた為に青森市まで誘導されて
「津軽半島」の入口付近を通ってから盛岡に回された。
その夜は「鳴子温泉」の宿を予約してあり
「大江戸温泉」の飲み放題・バイキングを期待していた。
温泉は以前に立ち寄った「滝の湯」に案内したかったので
立地条件はベスト、バイキングは70点、生ビールとワインは50点
まあ安い宿はそんなものだろうと納得した次第。

鳴子温泉からは峠を越えて秋田県・新庄市方面に向かう、
そして山形県の暫定・高速道を利用して県を縦断。
尾花沢、寒河江、山形、上山、南陽とほとんど
市街地に立ち寄らずにひたすら南下して「小国町」で
食べた蕎麦の美味さに感激した次第。
村上からは高速を利用して今回の旅のもう一つの
目的であった2人の姉のお見舞いと父母と長兄が眠る
生家の墓参を終えた頃には夕闇が迫っていた。
燕・三条駅にて関東に帰る兄夫婦を送り終えた後は
魚沼に向かって再び高速のお世話に・・・・
1000キロを越える長旅は無事に終了した。

霊場・恐山へ(その2)秋田から八戸そして恐山

台風24号は未明に青森県を通過して
朝方少し風が強くなったものの雨も大して降らず
ゆっくりと朝風呂を楽しんで朝食を食べて
出発する頃には太陽が出て来た。

峠を越えれば岩手県に入るので
ガスの中にすっぽりと隠れている「岩手山」を
見ながら東北道に乗って「八戸駅」に向かった。
台風で首都圏の電車は大変だったようだが
10分ほどの遅れで列車は到着した。
台風一過の北寄りの強風が吹く中
一路、下北半島の太平洋側の道路をカーナビが選択して
右手に太平洋を見ながら2時間あまり走ってから
半島を「陸奥湾」方面に横断して「むつ市」に入る。

「むつ市」からは急に細くなった山道を走らされて
時折現れるお地蔵さんの石仏など見ていると
霊界に近づいたような気がすると皆で話していた。
やがて道路上に霊界の入口を示したような鳥居が
現れてこれが所謂「結界」なのかと思ってしまった。
峠を越えた山道は下りはじめて、
漸く視界が開けたらそこは「宇曾利湖」に隣接する
「霊場・恐山」であった。
入山料500円を払っていよいよ地獄めぐりと
極楽めぐりの散策が始まった。
小雨と風はいつのまにか止んだものの
灰色の雲の下に広がった恐山はやはり霊場の雰囲気が色濃い。

三途の川に架かる橋は渡れず、まだ渡るには時期早々だけど

三途の川に架かる橋は渡れず、まだ渡るには時期早々だけど

荒涼とした風景は温泉が出る源泉近くにありがちな
ものだと認識しているので驚きはしないが
まあ、観光スポットとしてよく整備されている。
まだ「あの世」には行くつもりはないし
「地獄」にもお世話になりたくないので
一応、訪問者として歩き回り、最後の「宇曾利湖」の
湖畔が「極楽」ということなのでしばし佇んだのちに
境内の中にある温泉に入ることにした。
(恐山訪問の大切な目的がこの温泉に入ることでもあった)

この手ぬぐいと草鞋はイタコに呼ばれた霊が彼岸に無事に帰れるようにとのプレゼント・・・

この手ぬぐいと草鞋はイタコに呼ばれた霊が彼岸に無事に帰れるようにとのプレゼント・・・

この風車は恐山のシンブルかな

この風車は恐山のシンブルかな

賽の河原の周りにはいろんな地獄があった・・・

賽の河原の周りにはいろんな地獄があった・・・

感激の恐山の境内にある温泉、良い湯だった

感激の恐山の境内にある温泉、良い湯だった

「むつ市」のビジネスホテルに宿をとってあって
その夜は街の飲食店で地元の美味い海産物でもと思っていた。
ホテル・フロントで事前に印刷してあったお店の名前と地図を
元に情報収集したら第一候補の店は改装中で休業中、
それではと3つほどある候補の店を廻ったけれども
月曜日ということなのか全てがお休み。
ここで最長老の兄の感(彼も神田界隈の飲み屋で鍛えたのんべい感が強い)
に頼って入った店がビンゴで、女将さんが一人で切り盛りしている
小さな店であったが小鉢と云い、刺身と云い、煮魚も美味い。
最後には烏賊のワタで味付けをした
「烏賊鍋」とその後の雑炊が実に旨い。
結局我らだけの宴会は3種類の日本酒などを味わいながら
「むつ市」の夜は大いにもり上がった

むつ市と東通村の酒

むつ市と東通村の酒

お通しで出た「アミタケ」(イグチ系)の煮物

お通しで出た「アミタケ」(イグチ系)の煮物

霊場・恐山へ(その1)秋田駒の麓「水沢温泉」で寛ぐ

柏に住む兄の奥さまの要望に応えることにして
実は自分自身も訪問したことが無かったので
青森県の最北・下北半島の先端にある「恐山」へ出かけた。

よく訪問する岩手・八幡平に行くのにも
昨今は途中の温泉一泊という事が多いし
「八戸」でお昼頃に兄夫婦をピックアップする計画だったので
魚沼を比較的にのんびりとした出発で(朝の7時ですが)
台風24号に追いかけられながら海沿いを北上する。
村上から先は正式運用前の高速道が分断されてあって
料金は無料ながら旧いカーナビにデータがなくて苦労する。

それでも早めのスタートだったので
酒田市で家人のたっての希望による観光をしてしまった。
酒田といえば「本間様」で海運業でひと財産を稼いだ
運河と倉庫の街を少しだけ見学した。
確かに小樽の煉瓦倉庫と運河もいいけど
木造の倉庫群が江戸の香りがして良い感じだ。

板張りの倉庫と欅並木がいいな

板張りの倉庫と欅並木がいいな

この石畳は百石船の重しとして全国から集まったとか

この石畳は百石船の重しとして全国から集まったとか

酒田からは頭が雲に隠れた「鳥海山」を右手に
さらに北上し、秋田県に入ってからはさらに内陸部へと
右に舵を切って山岳地帯になった。
以前来た時に無かったバイパスが古都・角館を
迂回する形で田沢湖近くまで出来ていたのを見過ごして
えらく遠回りをして田沢湖に出てしまった、
そこからさらに秋田八幡平方面へと内陸深く左折する。

「乳頭温泉郷」と同じ白濁した硫黄泉が出ているのが
「水沢温泉」で、今年の春にシーズン終了間際のスキー場を
訪問した折に泊まった「自炊宿」で草鞋を脱ぐことにしてあった。
家人は最初「自炊宿」に対して不満げであったが
温泉の素晴らしさにその認識を改めて連泊したいと云う。
まあその機会は次に回すとして持参した肴で一杯飲んで
台風の影響をまだ訪れない夜を過ごした。

雨上がりのキノコ調査

昨年の記録を見たり昨今の気温や雨の回数を考慮して
大収穫だった「アマンダレ」を思い出しながら
雨が上がった貴重な朝方に「下権現堂山」に
向かって車を走らせた。

駐車場にはすでに車が1台、
出発間際にさらに1台の車が駐車場に滑りこんでくる。
雨上がりの登山道は足元の草が纏わりついて
すぐにズボンの裾がびっしょりと濡れる。
途中で早くも下山してきた鉈や鋸を腰に差した
この山を整備していると思われる古老とスライド。

近年「毒茸」にされた「スギヒラタケ」

近年「毒茸」にされた「スギヒラタケ」

山道の脇に沢山あるのに 誰も採らない

山道の脇に沢山あるのに
誰も採らない

こんなのや

こんなのや

こんなのが沢山生えている

こんなのが沢山生えている

目的の場所には「アマンダレ」の姿は皆無、
登山道の脇を探しながら1週間は遅いと思われる
腐敗直前の大型のものを発見したのだが
なんとか食べられるものだけを採取。
今年は早生種の「アマンダレ」は終わったか・・・

1週間遅かった

1週間遅かった

なんとか食べられそうなものを採取

なんとか食べられそうなものを採取

ハナビラニカワダケ

ハナビラニカワダケ

帰りは草木の写真など撮りながら下る。
熊鈴は2ケ付けたがなんとかセーフ、
このところ釣師やキノコ採りが熊と遭遇して
怪我するニュースが報じられているから
この時期は緊張する。

虫の卵だと云うのだが旨そうだ

虫の卵だと云うのだが旨そうだ

キバナアサギリ

キバナアサギリ

サワフタギ

サワフタギ

ハギ

ハギ

束の間の晴れ間に

2回目の3連休中日に「大力山」の壊れた「山ポスト」を
再設置する為に出かけた。
雨に濡れてボロボロになった「山ノート」はなんとか
天日干しで読めるようにはなったが
ノートそのものは新品を用意した。
さらに新しい「山ポスト」は少し頑丈にした。

午後からの出発になったので
気温はかなり上昇し湿度がたっぷりで
あえぎながら登って壊れた「山ポスト」を解体し
新しいものを設置したものの
表札(山ポストのイラスト)が旧い板から外れないので
持参して再加工することにして下山。

今度は箱型にした。

今度は箱型にした。

台風・無残

遠征が多くて久しぶりに大力山詣でしたが
休憩舎で最初に眼にしたのが「山ポスト」が
壊れている姿である。
蓋と本体を接続する蝶番が破損して蓋が
地面に落ちているのが眼に入った。
先日の台風の風速20mを越える突風で
壊れたのだろうと推察される。
さて中身の「山ノート」はと探したのだが
かなり離れた場所に一応袋に収まった形で
見つかったもののノート自体は濡れており
開いてみたら薄っすらとカビすら発生している。

ショックであったがノートは回収して乾かすことにするものの
ポスト本体は新しく作り直すほかはない。
初代は積雪の圧力で壊れ、ノートも濡れてしまったし、
2代目は小生が作ったものの、また嵐で壊れた。
設置場所とか強度を考慮せねばならないが
しばし時間が必要だ・・・

秋雨前線に翻弄された山旅(瑞牆山・金峰山)<その2>

真夜中の1時半、テントを打つ雨音と風の音で目覚めるが
一度眼が覚めるとなかなか寝付かれずに
小康状態になったタイミングを狙ってテントを出てみたものの
結局その後も雨が治まる様子は無い。
それから、なんとかひと眠りした頃、
周りのテントでも目覚めた様子なので
今日の予定を確認したが皆明確な答えは無い。
それでも予定の6時には天気の様子を見て
出発を30分ほどずらして撤退覚悟で出発することにした。
日曜日の「金峰山」方面はなんとか晴れる予報だったのに
昨夜の雨と本日の強風・ガスには気落ちする。
小屋の横から始まる登山道は尾根を巻く様に
やや登り勾配のダラダラ登りが続いて「大日小屋」に着く。

大日小屋前の幕場

大日小屋前の幕場

無人の小屋は足元に見えた

無人の小屋は足元に見えた

ここからはやや急勾配の登りが始まって
大きな岩がゴロゴロする急斜面や
鬱蒼としたシラビソの樹林帯を歩きが続く。
なんとか尾根に出ると
そこには濃いガスと強風が吹き荒れる悪天候が待っていた。
ガスの中から現れる切れ立った岩稜帯に
その強風で煽られたらそのまま落ちてゆきそうな
恐怖感も味わいながらなんとか歩き続けて
「金峰山小屋」との分岐を過ぎれば山頂は近い。

尾根に出た場所にある「砂払いの頭」

尾根に出た場所にある「砂払いの頭」

岩の要塞

岩の要塞

山頂付近では風の当たらぬ場所で休憩している
先行グループが何組も居たのだが
我らは長居は無用ということで早々に山頂を後にする。
下りはキノコの写真を撮ったり、シャクナゲの多さに
改めて驚いたりしながら歩いてきた。
急に目の前に青空が広がり始めて昨日登った瑞牆山方面に
陽射しが届いている風景が眼に入った。
ヨレヨレに疲れて幕場に到着後は休憩を惜しんで
テントの撤収作業を行い、帰りの時間を計算して
恒例の珈琲タイムを諦めたり、下山後の風呂を諦めたりと
山梨県はさすがに魚沼から遠いと切実に思った。

シラビソの樹林帯を下るS太郎氏

シラビソの樹林帯を下るS太郎氏

帰る頃に全容を現した瑞牆山

帰る頃に全容を現した瑞牆山

帰りの車窓から見えた瑞牆山

帰りの車窓から見えた瑞牆山

金峰山GPSロガー

金峰山GPSロガー

秋雨前線に翻弄された山旅(瑞牆山・金峰山)<その1>

当初は「涸沢滞在・穂高周回」を狙っていたのだが
数日間、雨が先行する長野県・上高地付近の予報を
いろんな山の天気予報サイトでワッチしていて
どうみても松本市から上高地付近の予報が最悪なので
断腸の思いで訪問先変更、且つ日程も1日少なくして
唯一雨雲が発生していない「山梨県」をターゲットに
「八ケ岳」「鳳凰三山」「甲斐駒・千丈」と候補が上がったが
結局、当初天候が安定している「瑞牆山」と「金峰山」に
目的地を決定して「大力山友の会」メンバー4人は
9月8日の早朝に雨の魚沼を出発した。

関越道から信越道に入って佐久から山梨県境に向かう、
高速道を降りると小海線沿いに走る事になって懐かしく
思い乍ら風景に見とれていたら
ナビが指定した農道の様な畑の中を通り抜けて、漸く
瑞牆山の麓にある「瑞牆山荘」横にある駐車場に着いた。

駐車場が満杯になることを心配しての早朝出発だったが
7割ほどの駐車率で、まあ余裕のある準備ができて納得、
ただ、魚沼を出る時の雨脚の強さが気になったが
関越トンネルを抜けて群馬県は曇り、軽井沢付近は小雨
そして甲州の外れにある「瑞牆山」の麓もパラパラきている。
一応ザックカバーだけ着けて、各自15k超の大型ザックを
背に歩き始めたが1時間の歩行なのでのんびりと歩く。

富士見平小屋前

富士見平小屋前

「富士見平小屋」の前に広がる幕場には50分ほどで到着、
前日から張ってあるのかテントが10張ほど設営してあったが
4つ張れる場所を探してすぐにテント設営開始、
大きなザックはテントの中に放り込んでサブザックで
「瑞牆山」を往復することにする。

ガスの中に瑞牆山の姿が隠れている

ガスの中に瑞牆山の姿が隠れている

こんな岩や

こんな岩や

こんな岩が点在

こんな岩が点在

一応、山頂の標柱

一応、山頂の標柱

時折青空も見えたが・・

時折青空も見えたが・・

濃いガスの中、寛ぐメンバー

濃いガスの中、寛ぐメンバー

一瞬ガスが取れた山頂からの眺め

一瞬ガスが取れた山頂からの眺め

相変わらず小雨というか霧雨というか
細かい雨が纏わりついてくるので雨具を着ての歩行になった。
視界はなく大きな岩が連続する登山道で
たまにクサリ場も現れたりで「花崗岩」でなかったら
滑りそうな天候でもあったがなんとか山頂に到着、
しばらく休憩して天候待ちとしたが一瞬ガスが取れた
だけでまた濃い霧のなかに、結局眺望はロスト。
諦めて下山にとりかかると天幕場には薄日が射しかけていた。
まだ陽が高いのだがやることが無いので
14時頃からお昼を兼ねた宴会が始まってしまい
18時頃にはすっかり出来上がってしまった。
山仲間との飲食はどんな時でも楽しい、
テントに戻ってシュラフに入ると爆睡した。

GPSロガー

GPSロガー

直前トレーニングと登山道整備

いよいよ涸沢・天幕合宿が1週間後に迫った。
小生は「岩菅山」で多少、歩いてきたが
雨の降らない休日には「大力山詣で」と思っていたし
前回登った時に連日の雨でかなり傷んだ登山道の
補修をすべしと話していたので
S氏を誘ってプラ階段を背負って出かけた。

思った以上に湿度があったのだろう
歩き始めてすぐに汗が流れだした。
途中で先行していた老夫婦に追いついて
汗だくになって「上の舟窪」に到着、
土砂が流れた部分に2ケ所、先回補修した部分に
1段追加する工事を行った。
工事途中で涸沢合宿に同行するm馬場氏も追いついて
数年前に「魚沼アルプス」登山道整備を一緒した時のように
3人で里山整備を実施したわけだ。

施工前現場

施工前現場

カケヤを使ってプラ階段を設置するm馬場氏、後ろには指導するS氏

カケヤを使ってプラ階段を設置するm馬場氏、後ろには指導するS氏

工事を終えて恒例の珈琲を飲み、果物を食べてから
「クロハゲ」まで往復すると云うm馬場氏と別れて
秋の訪れを感じ乍ら下山した。