本沢温泉から硫黄岳往復(2)

未明に激しい雨音で眼が覚めたので
一度起きてトイレに立った。
それ以降は熟睡できなかったが雨は3時すぎに
小康状態になって4時に起きてスマホを確認したら
諏訪側も小海側も一応「晴れ」予想に変わっていた。
5時には朝食の用意をして「乾燥室」へ向かう、
ここが自炊室(火器を使って調理しても良い)兼用で
テーブルもあったのでN島氏がGASで湯を沸かして
小生はスープや山頂で飲む予定の珈琲用の
熱湯をサーモスに入れたりしながら
持参したパンなどをお腹に入れた。

6時過ぎに一部の荷物を小屋に預かってもらって
雨あがりの登山道を歩き始めた。
すぐに「野天風呂」の案内看板があったが
昨日の雨、さらに登る前に湯に入るのは躊躇われ
野天への分岐道を横目にしながら高度を稼ぐ、
「夏沢峠」までの登山道は急斜面に付けられた
つづれ折りの歩き易い立派なもので
なんなく夏沢峠にある「やまびこ荘」の前に飛び出した。
途中から風と共に小雨が降りだしたので
気持ちを入れ替えて尾根道を「硫黄岳」に向かう。

視界ゼロの山頂

視界ゼロの山頂

思ったほどガレ場歩きは困難ではなく
「天狗岳」に比べれば岩の大きさも小さく
不調の小生の足と腰にはやさしかった。
やはり案内どおり「夏沢峠」からは小一時間で
広い山頂部に着いたのだが視界は全くなく
横殴りの風が強いのでグローブをした手が
かじかむほどの寒さである(体感温度は5度くらいかな)
長居は無用ということで後続のグループの人達に
頼んで記念写真を撮ったあとは速攻で下山開始。
途中で昨夜小屋で一緒だったメンバーともスライド、
皆さん悪天候だと寡黙になって挨拶の声もなぜか弱弱しい。
「夏沢峠」ではまたひとしきり雨足が強くなったが
樹林帯に入ると風は感じなくなり「野天風呂」が
近づいた頃には雨が止み絶好のタイミングであった。

足元には野天風呂が

足元には蓋をされた野天風呂が

最高の気分

最高の気分

用意した防水シートを広げ、ザックを下して靴を脱ぐ、
さらには衣類を脱いでスッポンポンの姿で
湯船に被せてある木の板を外してドボン・・・
湯加減も硫黄泉の白濁した泉質も最高。
何枚も記念写真を遠慮なく撮りまくり
かなりの時間を過ごしたのだが
これから車の停めてある登山口まで1時間ほど
歩かねばならないので無念の思いで重い腰を上げた。
肌に浸み込んだ硫黄の匂に快さを感じ乍ら歩き
「本沢温泉」で預けてあった荷物を受け取ってから
休憩時間だった「T野君」も加わって東屋で
山頂で飲めなかった珈琲を淹れて小休止。

下山前に記念写真

下山前に記念写真

次回は下界の彼が住む湘南の海に面した自宅で
会う約束などして堅い握手を交わす。
時折降りだした雨のなか、
それでも下山路である安ど感も手伝ってか
下界で食べる暖かな汁物のお昼の話題になって
車のところに辿り着いたとたんに雨脚が強くなった。
遅い下山であれば佐久あたりでもう一泊とも考えていたが
松原湖の小高い丘にできた温泉施設の食堂で
昼食を食べたあとに中央道に向かうN島氏と
信越道で魚沼に帰る小生は町営駐車場で別れた。

本沢温泉から硫黄岳往復(1)

このGWに神奈川に住むN島氏の中学時代の友人が
須原を訪問しその折に「本沢温泉」でバイトをする旨の
話をしていたが無事に採用されたようなので
久しぶりの「八が岳」でもあるし
初回の勤務期間内(最初は試用期間だという)に
N島氏と一緒に表敬訪問することにしていた。

平日は会社勤めのN島氏との同期をとる為に
週末にかかる金曜、土曜の日程を組んで
魚沼を金曜日の早朝に発つ予定でいたが
天気が思わしくないので硫黄岳登山は翌日にして
当日は「本沢温泉」までのお大尽山旅ということにし
お昼頃に「松原湖」集合というこにしたわけで
まあゆっくり目の出発になった。

小生の車では林道の最終地点まではむりなわけで
彼の車に相乗り予定で待ち合わせ場所としての
立派な「町営駐車場」に小生の車を乗り捨てて
N島氏のハイパワー4Wで林道の最奥まで走った。
(停めてから回収するまで小生の車1台だけの駐車場)
すでに小雨が降りだしており近年には珍しく
最初から雨具を着てさらに傘をさして歩き始めた。
1週間ほど前にギックリ腰もどきのアクシデントに
見舞われて完治していない体での歩行は辛かった。
N島氏が後方から見ていても歩き方がヘンだと云う、
それでも緩い林道歩きのような1時間ほどの歩行で
助かった。

小雨が降る中での視界には唐松林と
新緑のダケカンバが濡れそぼって鮮やかに
広がっていて雨の中での歩行であるにもかかわらず
さほどの悲壮感はない。
ほぼコース案内どおりの時間に「本沢温泉」に着いたら
小屋の窓から「T野君」から声がかかった、
チェックインをすませばまずは温泉である。
乾燥室に濡れた衣類や雨具を吊るして
予約してあった最上級個室に案内された。
山小屋の個室なのにテーブルが鎮座している、
当初は3名の予定であったが一人減ったので
十分すぎるほどの個室に大満足。

小雨の瑞々しい碧の中に鎮座する本沢温泉

小雨の瑞々しい碧の中に鎮座する本沢温泉

内湯はやや赤みがかった湯で今までの経験だと
奥塩原や赤湯の泉質に似ている(赤みは鉄分ではない)
それでもタオルはすぐに赤茶けた色に染まり
ダイナミックに引かれた源泉は土砂まで運んでくるのか
足元はややざらついていたが湯加減は最高で
早めの温泉を楽しんだ後は飲むしかない。
唯一灯油ストーブが燈っている「談話室」で
持参した500缶のビールと携帯缶に入れた
ワインをちびちびやりながら夕食時間を待つ。

湯気でレンズが雲ってしまったが内湯で寛ぐ魚沼の民

湯気でレンズが雲ってしまったが内湯で寛ぐ魚沼の民

当夜は6人の関西から来たと思われる(関西なまりの会話)
熟年グル-プ、さらに男女カップルが2組、
それに我らの2名という少人数の夕食になった。
嬉しいことに揚げたての熱々魚フライが旨かった。
味噌汁代わりのキムチ鍋風が気温10度以下の
1500mの温泉山小屋には有り難い料理である。

貸し切り状態の談話室

貸し切り状態の談話室

夕食後にもう一度温泉に浸かって
「談話室」で夕食の後片付けを終えた「T野君」も
加わってN島氏が持参した赤ワインを開ける。
アルバイトの応募経緯や今後の勤務スケジュール、
さらには来年の海外トレッキングの話で盛り上がり
消灯時間の8時を越えても飲み続けていたら
一度消えた灯りが「談話室」だけ燈った。
マネジャーの粋な計らいとみたがそれでも9時には
重い腰を上げて山小屋とは思えぬ寝具に潜り込む。

米山訪問

先週に続いて魚沼の山から見える山ということで
「米山」を登ることになった。
R太郎氏もS氏も登ったことがないので
とても良い機会であった。

幾つかのコースがあるのだが
ずいぶん前に利用したことのあった
「大平コース」を選択。
日本海側の「米山」の懐奥く入った
大平集落にある登山口からの登行となる。

魚沼から2時間はかかるかなと
6時出発にしてS氏の愛車で柏崎に向かってGO、
小千谷から小国を抜けて鯨波への抜け道を
走って1時間半くらいで大平集落に着いた。
すでに駐車スペースは満車状態でギリギリセーフ、
そこから20分ほど歩いて登山口に向かう。

最初から急登に作られたやや脆弱な木製階段を
ぐいぐいと登らせられる。
途中で振り返ると凪状態の日本海が見えたし
遥か彼方には妙高、火打の残雪豊かな山姿も見えた。
途中で少しだけ水平歩行やコルへの下降があった
もののほとんどが急登で汗が噴き出す。

避難小屋の後ろには妙高・火打が

避難小屋の後ろには妙高・火打が

穏やかな日本海が広がる刈羽の風景

穏やかな日本海が広がる刈羽の風景

立派な小屋だ

立派な小屋だ

それでも2時間を少しだけ切って
立派な避難小屋のある山頂部に到着。
真夏のような日差しのなかで
乾いた草原に腰を下ろして思い思いに昼食、
恒例の珈琲を頂いて寛ぐ。

登りで追い越した若者グループが近くに
来たので聞いてみたら高1のワンゲル部員、
女子2名、男子1名、引率の教師1名の
柏崎高校生であった。
爽やかな受け答え、若い人達がこれから
山を愛してくれることを祈念しながら
前後して下山の途についた。

彼らは登山口近くにある数台の車が
停められるあたりまで車で登って来たらしく
林道歩きを続けていた我らを置い越し際に
挨拶をして下っていった。
運転していたワンゲル部の担当教師といい
生徒達といい実に快い気持ちで山での
出合を好ましく思った一日であった。

粟ケ岳訪問

GW後の週末はそれぞれの予定もあって
町内の山友との山行ができないでいた。
今週は恒例の週末登山の場所をどこにするか
悩んでいたのだが数年前に雨で中止になった
「粟ケ岳」に再チャレンジすることになった。

下越から中越に向かって高速を走っていると
守門岳の手前にその姿を誇張しているのが「粟ケ岳」で
その冠雪した雄姿は守門岳に比べても素晴らしい。
近くて遠い山であり、登りたいという希望を抱いてから
30年以上も経過してしまったが漸く夢は叶った。

最後の登りがキツそう

7合目から見た山頂、最後の登りがキツそう

五百川(いもかわ)登山口から登ることにして
6時半に魚沼を出て栃尾経由で下田の八木鼻付近にある
登山口に着いた時にはすでに多くの車が駐車場に停まっていた。
登り始める頃は早くも太陽は強烈な光を降り注ぎはじめ
すでに真夏の山の様相である。

守門の二口コースにあるブナ林に匹敵する美林

守門の二口コースにあるブナ林に匹敵する美林

駐車場からはしばらく川沿いの平坦な道を歩いてから
見事なブナ林の緩やかかな登りが始まる。
真夏並みの陽光を緑のカーテンが遮って
柔らかなブナの若葉は汗ばむ我らを優しく包み込む。
6合目で尾根に出てからは森林限界を越えて
灌木が繁る尾根を行くと7合目からは本格的な急登になる。

この花は?

この花は?

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今や盛りの

今や盛りのタムシバ

この雪ももうすぐ融ける

この雪ももうすぐ融ける

牛の背あたりにはまだ残雪が残っていて涼しい、
厳冬期にはすごいナイフリッジになりそうな
狭い岩稜を駆け抜けた。
8合目から山頂まではかなりの急登を強いられるが
暑さと日頃の運動不足が祟ってヘロヘロになった。
それでもなんとか3時間以内に山頂に到着。
山頂部には10人ほどの人達が寛いでいて
S氏と小生は遥か遠くに豊富な雪を湛えた
「飯豊連峰」を遠くに見える位置に陣取った。
強い風が汗ばんだ体に寒い程であり
ウィンドヤッケを羽織って早めの昼食にする。

豊富な雪を湛えた飯豊山遠望

豊富な雪を湛えた飯豊山遠望

守門岳の雄姿

守門岳の雄姿

遥か彼方には飯豊連峰が

遥か彼方には福島の山が

振り返れば守門岳の日本海側から見る北側の多くの雪を
抱え込んだ稜線が長く続いているのが見え
左手には中越の平野部が広がっている。
恐らく生家のあった下越地区のあたりからも「粟ケ岳」が
見えたはずだからここからもあの街が見えるのかなと
ややセンチメンタルになって穀倉地帯を俯瞰してみた。

快適な登山道

快適な登山道

暑さはピークを迎え下山路とはいえ
かなりの汗を流しながらブナ林の中を
緑のエネルギーを体中に浴びつつ下降。
途中の栃尾にある日帰り温泉でさっぱりしてから
魚沼への峠を越えた。

沖縄への旅(4)

最初の予定だと今日が宮古島の予定であったのだが
宮古までの航空券が入手できなかった。
理由は当日に「宮古島」で行われるロックフェスティバルの
参加者がこぞってチケット購入した為に
前日からの分が入手困難であったことが後日解ったのである。

そんなわけで当日一日は最終日にとっておいた
「首里城」見学を最初にやっつけて次は沖縄中部に
移動することにしていた。
「首里城」は那覇の中心部に位置していて
米軍の攻撃で破壊された後に琉球大学の跡地に
復元されたものであることを説明されている。
明治時代に「首里城」から国王が追放され
大戦前には日本軍の駐屯地となり、さらに米軍の攻撃で
廃墟となってからの復活である。
なんともやるせない哀しみを背負った歴史があるのだ。
半分以上が中国、韓国の観光客で日本人は
修学旅行の生徒と年配のグールプといった配分であったが
それでも我らは全ての施設をくまなく回って
「琉球王朝」の全盛時代を思い起こした。

守霊之門

守霊之門

雌のシーサー

雌のシーサー

雄のシーサー

雄のシーサー

正殿

正殿

さてそれからは「辺戸岬」訪問の折に高速で通り過ぎた
「嘉手納基地」周辺を見てみたいとの家人の希望で一般道を北上した。
宜野湾市から沖縄市に入る頃になるとカーナビには
右手に空白域が表示され始めた、
これは内地の自衛隊基地もそうであるように
基地内は米国であるし上空から建屋が確認できたとしても
(いや上空も米国か)機密事項なのだろう。
かなり広い面積の「嘉手納基地」が延々と続いていた。
道の駅で休憩中に3機ほどの米軍機が轟音を響かせて
飛び去ってゆく姿を見て基地の街であることの現実を確認した。

勝連城の城塁

勝連城の城塁

至る所にある御嶽

至る所にある御嶽

美しい石組

美しい石組

さて次はせっかく中部に来たのだからと「勝連城跡」を
見ることにしていたが雨が降り始めて来た。
沖縄市からざまみ市に横走りして反対側の海に出た。
小雨の降る中を傘をさして城跡を登り始めると
やはり至るところに御嶽がある。
頂上部からは晴れていれば遥かなる海が見られるのだろうが
辛うじて波打ち際が確認できるのみで
せっかくの世界遺産見学であったが残念であった。

沖縄最後の夜は久しぶりに肉などを食べて
おとなしくホテル帰ってハシゴはせず・・・・
翌日は公設市場で買い物をする予定でホテルから
徒歩で開場時間に合わせていったのだが
たまたまNHKの番組を撮影する前の儀式と称して
安全祈願のシーンに立ち会った。
関係者と市場の人達だけが参列する儀式で
一応断わって写真を撮らせてもらう。
(この第一公設市場は近々建て替えとのこと)
市場では開店したての店で自宅へお土産として
地元の食材を選んで購入、これにて沖縄旅は終了・・・

お酒を神に供える 紙銭に振りかけていた

お酒を神に供える
紙銭に振りかけていた

沖縄への旅(3)

さて本日も朝が早い、
なにしろ那覇空港から宮古島まで日帰りで往復するわけで
9:35の飛行機を予約してあるから
名護市から那覇空港まで戻って車を駐車場に停めて
チェックインせねばならないので6時前には
ホテルを出て朝陽が昇る前に高速道路に入った。

心配した通勤混雑にもあまり影響されず、
空港に隣接した駐車場に停めることができて一安心。
小さなバック1個のみの軽装で1時間ほどのフライトで
那覇から宮古まではすこぶる近いものである。
NHKのニュースでも放映していたが現在の宮古島は
ホテルの建設ラッシュで建設作業員が不足しているとのこと、
どうりで作業服にヘルメットを持った人達が数名
元請けらしい社員に引率されて搭乗していった。

池間大橋から見た海

池間大橋から見た海

池間大橋遠望

池間大橋遠望

伊良部大橋

伊良部大橋

究極のマンゴージュース

究極のマンゴージュース

宮古島での目的は「池間島」と「宮古島」を結ぶ
「池間大橋」を車で入る事、
さらに「伊良部島」と「宮古島」を結ぶ「伊良部大橋」を
車で走ることが家人から依頼されたミッションである。
確かにパンフレットで見ると凄いものであるが
いざ、走ってみると背の低い車では海の中を走っているという
迫力には少々欠けるものの途中で一時停車して
橋の下や対岸を見て見るとその海の碧さと橋のカーブが
やはり流行りの「インスタ映え」するのだろう。
因みに宮古島では軽乗用車を予約してあった。
お昼は得意の市場に隣接する食堂で食べた。
家人は「宮古そば」小生は「タコライス」

宮古そば

宮古そば


宮古島の塩は有名らしく小さな袋(10g)に入った大きな結晶の
塩がなんと500円もしたが記念と思って購入、
だが農園に併設した小屋で飲んだ生マンゴから絞ったジュースは旨い
5時半に那覇に帰り着いた我らは1泊目と同じホテルに
再びチェックインしてここで2泊する予定である。
さて今宵は最初から屋台村でハシゴ予定・・・
何種類の泡盛を飲むことができるやら・・・

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沖縄への旅(2)

沖縄での宿泊はツーア会社から指定された複数のホテルから
選択出来たのだがいずれも食事なしにしてあった。
朝は早くから出発して移動することにしていたし
夜は外部の飲食店でいろんな料理を味わう事も
旅の目的の一つでもあったからである。
2日目は一気に北上して沖縄の最北端である
「辺戸岬」まで走る予定をしていたので6時過ぎには
ホテルを出て高速を利用して名護市付近までは1時間半ほどで
着いてしまい、ここからは一般道になるのわけだが
都市部に比べると交通量は圧倒的に少なくて
ずーと左手に海を見ながらのロングドライブとなった。

辺戸岬から見る大石林山方面

辺戸岬から見る大石林山方面

「辺戸岬」に到着して珈琲でも飲もうと思ったが
まだ10時前で唯一の観光案内所に併設されたカフェも
閉まっており数組の観光客が岬あたりをウロウロしているのみ。
それでも海の色はさすがに透明度が高く
打ち寄せる南海の波が岩に当たって砕ける様を暫く見とれていた。
島の北部全体が「やんばる国立公園」となっているようで
「大石林山」という奇岩が林立する公園に立ち寄る事にしていた。
「辺戸岬」から見える岩山の麓あたりかなと思っていたら
車で数分の場所であったことからも大当たりであった。
麓の駐車場からマイクロバスで公園の中腹まで送ってもらい
そこから奇岩の林立するコースを周回し、さらに下山路は
マイクロに頼らずに徒歩で駐車場まで戻ることにした。
里山歩きで歩くのに比べたら楽なもので
陽射しが強いもののそのほとんどが緑のトンネルの中を
歩く事ができて運動不足解消のひと時であった。

大石林山の奇岩群

大石林山の奇岩群

ガジュマルの群落

ガジュマルの群落

さて帰路は元来た道を戻るしかないのだが
どうしても「沖縄そば」を食べたいわけで、
(昨日の糸満市で食べたソーキそばに少し不満)
日頃の感を効かせて途中の道の駅に併設された
小さな食堂に入ってメニューを見て
2人とも「名護そば」を注文、トッピングされた
肉はラフティではなく「猪豚」であったが
鰹だしの効いた塩味のさっぱり感が実に旨い。
スープまで全部飲んで完食!!

さて次は「古宇利島」まで渡りたいとの家人の
希望を取り入れて本島から橋を渡って小さな島に渡る
本当に渡ったのみですぐに引き返したが
沖縄には本島付近に幾つもの小さな島があって
そこまでは橋で繋がっているわけで
瀬戸内海に比べると実に便利なものである。

今帰仁城の城壁

今帰仁城の城壁

この曲線が素晴らしい

この曲線が素晴らしい

さて次は「今帰仁城」である。
ここの石積みの城跡が素晴らしいということで
たまたま入場料を購入した時に無料の案内をする人が
在席していたこともあって案内を乞うた。
この方の説明が実に適切で小生が時折思い出したように
いろんな質問をしても丁寧に答えてくれた。
まさに今回の沖縄訪問に於ける生の知識をこの方の
説明の中からそのほとんどを得た。
本土の城壁の石積みに比べると石の大きさは異なるけれども
その描かれた曲線美は島内の幾つかの城(ウタキ)全てに
共通するものであった。

2泊目は名護市にあるリゾ-トホテル群から離れた
少しランクが落ちたホテルであったが
どうせ泊まるだけだし、むしろ付近にある居酒屋の数の方が
魅力的であったが果たして第一目標の店は定休日で
ホテルの隣にあった居酒屋に開店すぐの時刻に入店、
ビールと泡盛でモズクの天麩羅や島豆腐などを楽しむ。

沖縄への旅(1)

家人の希望により南の島へ旅することになり
久しぶりに羽田から飛行機に乗った。
朝早いフライトだったので夜行バスで新宿に向かい
予想よりも早めのチェックインができて
余裕で7時すぎの便で那覇に飛び立った。

沖縄の地は初めてでもあるし、
10連休の終わった観光地がどのような
雰囲気なのかもやや心配であったが
(つまり現地が連休疲れでサービス低下?)
しかしツアー料金やホテルもGWが終わると
一斉に格安になったせいか
時間のある爺婆が空港中に溢れていた。
空港付近は土地が無いのかレンンタカーの
全ての会社が10分ほど離れた営業所へ
送迎マイクロでピストン送迎していた。

予約した車はハイブリット車にした。
全島北から南までくまなく回る予定なので
燃料費の事を心配したのだが、思ったよりも
GASの価格が安いし高速も安かった。
まず向かったのが家人が主なる沖縄訪問の目的とした
「ひめゆりの塔」と「平和祈念公園」への慰霊。
驚いたのが中高生の修学旅行の団体が多かった事、
生徒たちの心の中は覗けないが慰霊の地に
導いた学校の意気込みを感じた。

ひめゆりの塔、記念碑の下に壕がある

ひめゆりの塔、記念碑の下に壕がある

沖縄戦で亡くなった墓碑が並ぶ平和祈念公園

沖縄戦で亡くなった墓碑が並ぶ平和祈念公園

MAPでみる沖縄南部の距離感が把握できなかったが
少し走ってみたら感覚が掴めてきたので
最終日に残しておいた「斎場御嶽」(セーファウタキ)まで行くことにする。
「斎場御嶽」等の沖縄の歴史的解説は後に回すことにして
何とも霊的な空間に迷い込んでしまったという感じがした。
地域全体は保護・管理されており観光化されているものの
沖縄というか琉球王国時代というか大和の国とは
少々異なる信仰の形をみたような気がした。

斎場御嶽のシンボリックな岩

斎場御嶽のシンボリックな岩

初日のホテルにチェックインすると
併設されている温泉施設にまずは浸かりに行って
その後は「沖縄民謡ライブ」をやっている
酒場で生ビールと定番の「ゴーヤチャンプル」や
「シマラッキョウ」「ミミガー」などを味わった後に
「屋台村」へ流れていった。
そこで泡盛を飲みながら雑多なアテを喰らいながら
深け行く沖縄の夜を楽しんだ。

怒涛の10連休

とは云っても毎日が日曜日の爺にとっては
須原の小屋に来る訪問者の接待で多忙なだけ、
GW前から山友が訪問したが生憎の天気で
山には登れずに山菜採りと明るいうちからの宴会三昧。

それでも前半の晴れ間を狙って
何時ものメンバーに加えて神奈川から来た
友人も参加しての「下権現山」散歩。
そして温泉に入ってから、やはり早めの宴会となり
お決まりのギター演奏と懐かしのフォーク歌謡。

お次は数十年来の友人が訪問、
主目的は小生が再び開局した「アマ無線」の機器に関する
指導と山菜採り・宴会。
共通の先輩である喜多方の地に眠る山の師匠の墓参り、
山菜採り、寺泊まで出掛けて地魚の購入など
昔話に花を咲かせて次回は無線の世界で会話する約束をして
埼玉に帰っていった。

さらには神奈川から来た山友の中学時代の同級生が
葉山から110ccのスーパー・カブにて10時間かけて
やって来たのには驚いた。
まあ、ユニークな人で何となく気持ちが通じたので
次回は彼がアルバイトをする山小屋で会うか
台湾にご一緒するか、夢はふくらんでゆく。

さて連休後半は銀山平からヘルプの電話があり、
急遽パソコンのトラブル対応。
果たしてまだ銀山平は深い雪の中であった。
季節が1ケ月前に戻った感じ

運動不足解消・クロハゲ散歩

町内のS氏を誘って「大力山」経由で
「クロハゲ」まで歩く。
1週間前から残雪の融雪速度が速まっていて
「大力山」の8合目までの登山道には
ほとんど雪が無くなっっていた。

何時もであれば珈琲休憩して折り返す「休憩舎」で
少しばかり給水しただけですぐに「クロハゲ」方面へ急ぐ。
駐車スペースに車が停まっていなかったのに
先行している単独登山者の足跡が残雪に刻まれている
恐らく干溝在住の健脚者O平君かな?

早くもブナなどの新芽が芽吹いている

早くもブナなどの新芽が芽吹いている

マンサクが満開

マンサクが満開

気温も適度、足元もそれなりに快適で
グイグイと標高を上げてゆく。
尾根道に出た所で再び給水をしながら
八海山の雄姿や遠くに見える妙高の山々に想いを馳せる。

まだ雪がたっぷりの八海山

まだ雪がたっぷりの八海山

妙高山方面

妙高山方面

大力山を過ぎてから1時間半ほどで「クロハゲ」到着、
山頂部は丁度雪が無くなっていてシートを敷いて
珈琲タイムとなった。
先行していた人影が「笠倉山」の山頂部に見受けられる、
相当な健脚者だから帰りには追いつけられるかなと思ったが
追いつけられなかったから鳴倉方面に周回したのだろう。
大力山に戻る途中で単独の男性に出会う。
以前に何回かあったことのある人でご挨拶を交わす。

こんな残雪歩きが楽しい

こんな残雪歩きが楽しい

7時すぎに出発したのに下山した時には
正午を過ぎていた。
鈍っていた体に少しはカツが入ったか・・・