久しぶりの大力山詣で

雪解けの季節が訪れてからは
他の山域に出かけてしまい
大力山にはご無沙汰していたが
「六万騎山」でカタクリの花が終わりかけていた姿を見て
これは大力山で咲き始めの花を愛でなければと思い
家人を誘って出かけた。

ブナが芽吹く

ブナが芽吹く

休憩舎付近はまだ雪がたっぷり

休憩舎付近はまだ雪がたっぷり

足元は長靴にしてまだ雪が若干残った登山道を行く、
途中で常連のご婦人とスライド、今日はお1人でした。
今日はカメラを2台持ちで撮影をしながら
登ったので疲れは感じることなく休憩舎へ。
朝方は霜が降りるほどの低温で風も冷たかったけれど
シャツが濡れるほどの汗をかいたので着替え
珈琲を淹れて休憩していると
干溝集落のT婦人が登ってきて
昨年の夏に白山にご一緒した旨の挨拶をされた。
そうか、あの植物博士のご妻女かという話で盛り上がる。

天気もなかなか良くならないので下山の準備、
数組の登山者とスライドしながら
望遠カメラに付けたエセマクロレンズで花などを
撮影しながら下った。

スプリング・エフェメラル

以降はスプリング・エフェメラルの容姿

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有朋自遠方来 不亦楽乎(友遠方より来る、亦楽しからずや)

11日の夕方にスマホの電話コール、
画面を見ると懐かしい名前が表示されている。
新潟市から関東圏に転出した中学校の同級生であるが
実家の所用で帰郷して今宵は魚沼の「大湯温泉」に
泊まるのでその途中で訪問したいとの話だったので
快諾して珈琲などの準備をして待っていたら
電話から1時間ほどで、友人夫婦と
その妹夫婦の4人が到着した。
いずれの方々ともお会いしたことがある顔馴染。

その友とは4年に1度開催されていた同級会で
何度かお会いしていたが、夫婦で山登りをしているとの
話を聴いてから須原の小屋を利用したツアーを提案し、
その夫婦が入会している山岳会のメンバーが来訪してから
付き合いが密になったもののこの数年は疎遠になっていた。
その事情を聴いたら昨年にその「山岳会」は解散したとか
高齢化と新たな会員が増えていないことが理由。

尽きぬ話に花が咲いたのだが、お互いに夕食時間も迫っていたし
翌日に「六万騎山」へカタクリを見に行くというので
それに同行する旨を約束して別れた。
さて、翌日は快晴を期待していたが少々雲が多く肌寒い
約束の時間より早く到着した彼らの希望を耳にしたので
一本杉の麓に出ている「フキノトウ」が出始めた場所に案内、
雪解けの始まった残雪との際に頭を出したものを採取した。

果たして「六万騎山」の麓にある駐車スペースは満車、
何とか路肩の空きスペースに車を押し込んで歩き始めた。
すでにその路肩あたりにカタクリの群落が見うけられ、
山道を登り始めると雪割草やコバイモなどの花も咲いていた。
急な山道には新たに階段が整備されて立派な遊歩道になっている。
我々の前後にも多くの訪問者が歩いているし
すでに下山してくる人達もいたりして如何にこの里山の
著名度が増したかを実感する。
なにしろ関東圏のハイキングを主催する旅行会社のパンフに
載っている有名なコースになってしまっている。

もう雪割草は終わりか

もう雪割草は終わりか

歩き始めてすぐに広がるカタクリの群落

歩き始めてすぐに広がるカタクリの群落

もう最盛期を過ぎているカタクリ

もう最盛期を過ぎているカタクリ

コシノコバイモ

コシノコバイモ

名も知らぬ花

名も知らぬ花

山頂部にはまたまた広いカタクリの群落が広がっており
桃の花に劣らぬピンクの濃いオオヤマザクラの花が咲き始めている。
空いていたベンチを利用して珈琲タイムとなって
またも四方山話に花が咲いて実に楽しいハイキング。
晴れていたら気温が高くて汗が凄いだろうと着替えも持参したが
むしろ風が冷たくて歩くのには丁度良い。
下山路にはイカリソウやイワウチワなども咲いていて
まさに「花の六万騎山」が文字通りに味わえた。

山頂付近の桜

山頂付近の桜

山頂部付近のカタクリ群落

山頂部付近のカタクリ群落

桜とカタクリのベストショット

桜とカタクリのベストショット

鮮やかなイカリソウ

鮮やかなイカリソウ

色白のイワウチワ

色白のイワウチワ

山岳会のメンバーとしてでなく有志の集まりとして
来月中旬辺りの須原の小屋を中心にした山歩きをするという
約束をして2組の夫婦と別れた。
予期せぬ友との邂逅、山仲間というか同級生というか
この魚沼の遅い春にも再びの出会いがあった。

陸奥・湯煙スキー旅(網張温泉編)

こんなに雪が多いのに網張スキー場は4月1日でクローズ
まあスキーは諦めており温泉のみが目的である。
30年ほど前にまだこのあたりの唯一の宿が
「国民宿舎」と云われていた頃に
網張スキー場から「岩手山」を目指し
天候悪化で「松川温泉」にエスケープした思い出があるので
リベンジというか「思い出捜し」というか、そんな思いで予約した。
小生にしては珍しく2食付きのリゾートホテル宿泊。

田沢湖から岩手に向かう途中で見えた

田沢湖から岩手に向かう途中で見えた和賀岳方面

岩手の

岩手側から見た秋田駒ケ岳方面

岩手山の裾野に作られた沢山のスキー場

岩手山の裾野に作られた沢山のスキー場

田沢湖から網張は峠を一つ越えるだけで
秋田県から岩手県に入って「秋田駒ケ岳」も岩手側から
その姿がうかがえられるのだ。
下界にはほとんど雪が無いのだが「岩手山」を中心にした
標高の高いあたりはまだ豊富な残雪が山襞に張り付いていた。
左側には「雫石スキー場」その隣が「網張スキー場」そして
「岩手高原スノーパーク」と斜面にスキーコースの白いゲレンデが見受けられる。
車は標高を上げて「網張スキー場」のゲレンデ真下にある
「網張温泉」に到着した。

立派なツインの部屋でお1人様

立派なツインの部屋でお1人様

ツインの部屋に通されて久しぶりのリゾートホテルという
場違いの場所に来てしまったことに戸惑ってしまう。
まあ、早速だから温泉へ・・・
本日も朝から冷たい風が吹きつけて風花が舞う天候、
露天風呂に入っていても顔が冷たい。
西館の温泉は鉄分が多い泉質で次に入った東館の湯は
「松川温泉」と同じ白濁系の泉質だった。
夕食も朝食も窓側を向いた「お1人様」席
なんかリゾートホテルのぼっち食は寂しい、
こんな席でがぶがぶ酒を飲む気分でもないので
熱燗を1本のみで引き上げた。

露天風呂からは雫石スキー場方面が見える

露天風呂からは雫石スキー場方面が見える

こちらの温泉は泉質が硫黄泉

こちらの温泉は泉質が硫黄泉

朝から豪華な料理が・・・

朝から豪華な料理が・・・

宿を出た後は「岩手山」の麓をぐるりと回りこんで
姉夫婦が住む「東八幡平」へと向かう。
「陸奥・湯煙スキー行」の最終地点は「東八幡平」で
90歳を超えた義兄に会うことも目的の一つでもある。
到着するとすぐに2階にある湯船にお湯を張る音が、
そう、この温泉権付別荘地に建てられた家は「松川温泉」と
同じ泉質の湯が送られてきてまさに掛け流しの温泉が
自宅で楽しめるという最高の生活環境。
「陸奥・湯煙旅」の終点に相応しい温泉を楽しんだ。

陸奥・湯煙スキー旅(田沢湖スキー場編)

その昔、年末・年始を陸奥で過ごそうと
乳頭温泉郷の「孫六温泉」で正月を迎えた
記憶があり、その時に1,2本滑ったのが
「田沢湖スキー場」だったような気がするのだが
多分リフトが1,2本しかない小さなスキー場としか
覚えていないのだけれども訪れたゲレンデは広くて
立派な休憩施設には驚いた。

思ったよりも広大なゲレンデ

思ったよりも広大なゲレンデ

駐車場には20台ほどの車が停まっていて
時折陽射しが射しこむ大きな駐車場に続々と車が到着する。
そのほとんどが高齢者のスキーヤー、
秋田と岩手ナンバーの車が多いのは岩手の安比以外に
オープンしているのはこの「田沢湖スキー場」だけだからかな?

眼下には田沢湖が・・

眼下には田沢湖が・・

ゲレンデに出て驚いたのが蔵王と違って気温が低いせいか
圧雪車が均したバーンはガリガリに凍っていて難儀する。
それでも端のほうは昨夜降った新雪が2,3センチ積もっていて
その部分を拾って滑っていたけれども
皆が滑るのでやがて下の堅いバーンが現れて小生のテクと
安い板では刃が立たない(歯ではなくエッジという意味で)。
今の時期に滑っている人達は上手い人達ばかりで
ガリガリのコブ斜面をいとも簡単に滑り降りてゆく。

このシュプールの一つは小生が刻んだ

このシュプールの一つは小生が刻んだ

秋田弁で書いてあるが「このあたりでとまってください」の意

秋田弁で書いてあるが「このあたりでとまってください」の意

4時間券を購入していたが3時間前にギブアップ
朝がパン食だったので早めのお昼を食べる為に板を脱ぐ。
すると休憩施設前にニコニコ顔で小生に挨拶をする人が、
小生も挨拶を返したのだが彼はテレマーク板を履いた
70歳前後の方で(実際は小生と同年齢だった)
毎年、鳥海山の北壁を滑るのを目標にしている熟年スキーヤー
そろそろスキーを引退かなと思っている小生にとって
その方の話ではこのゲレンデで滑っている地元のスキヤーは
70歳前後の人が多いとのことで頭が下がる。

スキー場の上部には秋田駒ケ岳が見えた

スキー場の上部には秋田駒ケ岳が見えた

車に戻ってスキーを格納している途中で
前に停まっていた人が小生のナンバーを見て
「わざわざスキーの本場から来たの?」と
聴かれたので「温泉と雪を求めての旅です」と答える。
確かに不思議に思うかもしれないが、新潟のスキー場だけでなく
ほとんどのスキー場は雪があっても訪問者がなければ
採算が合わないのでクローズしてしまうのだ。

陸奥・湯煙スキー旅(水沢温泉編)

その日は天候が悪いことが予報で解っていたし
蔵王から田沢湖までは一般道を走ったら
けっこうな時間がかかることも想定出来たので本日は移動のみ。
朝風呂を楽しんでからのんびりと一般道を走り
幾度も走ったことのある国道を北上する。

昨年は日本海側からアプローチして田沢湖に向かい、
「秋田駒ケ岳」から「乳頭山」まで縦走した時に
走った思い出の道路に合流したのは午後を過ぎていた。
本日の宿は「完全自炊の宿」なので食材を求めて
幾つかの「道の駅」と地元のスーパーに立ち寄る。
山形県内では有名な「おみ漬け」と「ぺそら漬け」を買い、
秋田県に入ってからは地鶏を使ったお惣菜をゲット。

湯治自炊が明示されている後に見えるのは湯房

湯治自炊が明示されている後に見えるのは湯房

チェックインの30分前に到着したのだが
フロントの若いお姉さんが気を利かして早めに部屋に通してくれた。
昨夜から天候は「寒の戻り」ということで霙が降り
標高の高い「水沢温泉」は完全に雪になっていた。
部屋は広く、新設されてから10年経過している割には
清潔で滞在し易いものだし自炊場の清潔さは稀に見るもの。
今まで幾多の自炊宿を利用したが最高の水準だ!!

立派な自炊室、清潔で拾いし設備も充実

立派な自炊室、清潔で拾いし設備も充実

もうやることは無いので温泉に浸かってビールを飲むだけ、
内湯も露天もほぼ貸し切り状態でお湯は「乳頭温泉郷」と
同じような泉質である。(まあ隣の温泉場だから)
向こうは観光客が多くて高級感があるけれども
「完全自炊」(昔の湯治場を意識している)だから
秋田県の地元住民などの利用が多いとの職員の弁。

内湯は硫黄臭が漂う乳頭温泉と同じ泉質

内湯は硫黄臭が漂う乳頭温泉と同じ泉質

露天風呂は深くて中腰で肩まで浸かる

露天風呂は深くて中腰で肩まで浸かる

自炊場で湯を沸かしたり電子レンジを使ったりしているのは
自分一人かと思っていたら暗くなってから老夫婦などが
ちらほらやってきて調理していた。(やはり湯治か)
翌朝、眼が覚めると車に雪が積もっており外気がマイナス2度。
ゆっくりと朝食の準備をして朝風呂に入る。
「田沢湖スキー場」はすぐ近くだし太陽が出てから
ゲレンデに立ちたいものだと思っていた。

陸奥・湯煙スキー旅(蔵王編)

長い冬の除雪作業から解放されたので
自分自身への「ご褒美」と称し
「温泉とスキー」を楽しむ為に旅に出た。
ネットの「SURF&SNOW」のサイトを覗いて
陸奥の温泉場が近いクローズ前のスキー場を探すことから
始まって残雪の豊富な場所を探した。

まずは懐かしの「蔵王スキー場」
温泉のみで訪問したことは何度もあるのだが
スキーで滑ることは恐らく30年ぶりほどかな?
最初はスキー場の真ん中に建っていた「蔵王パラダイスロッジ」
に泊まって朝一番の新雪を楽しんだ記憶がある、
確か「山形交通」の経営で雰囲気のあるロッジだった。
過去には2回ほど利用している「センタープラザ」を予約
ハイシーズンならば一人客など泊めないのだけれども
4月に入れば宿泊客などほとんど居ない、それも平日だからOK

朝の4時前に自宅を出て高速で新潟と山形県境まで走り
「米坂線」沿いに山形に向かうルートを取ることに決めていた。
5時間ほどの走行予定だったけれども少々早めに到着、
「中央ロープウェイ温泉駅」前の駐車場には2、3台の車が停まっているのみ
平日だし想像以上に雪が無いゲレンデだからかもしれない。
「春スキーシーズン」ということで一日券しかないので
2,3時間しか滑らない老人にはやや高額だがそれを購入、
9時過ぎのオープン時からゴンドラの人になった。
まずは一番上まで登って様子見滑降をする、
その後は動いていないリフトとクローズしているゲレンデを
避けながら1、2回ゴンドラを利用して滑りこんだ。
まあ想像したよりも悪い雪質と雪解けの早さが進んだ
ブッシュが露出したゲレンデが多かった。

蔵王山頂駅にある地蔵岳を意味するお地蔵さま

蔵王山頂駅にある地蔵岳を意味するお地蔵さま

天気良ければ地蔵岳まで登りたかった

天気良ければ地蔵岳まで登りたかった

思い出のある「蔵王山頂駅」に行きたいのだが
「中央ロ-プウェイ」側からは真ん中にある
「パラダイスゲレンデ」が閉鎖中で連絡路も使えず
結局下まで降りて歩いて「蔵王山麓駅」に向かう。
ハイシーズンならば時間待ちがあるのに本日はガラ空き
あっけなく1回乗り継いで山頂部に到着した。
同乗者は韓国から来たと思われる若い女性2人と
日本人の中年夫婦のみ、足元はスニーカー。
まあ、山頂駅の駅舎からは出ないのだろうけれど・・・
山頂駅は気温は3度で風が強い、まあ想定内である。
この冬に新調したハードシェルが活躍する。

立派な山頂駅、展望カフェなどがある

立派な山頂駅、展望カフェなどがある

樹氷コース案内

樹氷原コース案内

樹氷コースはNO100から始まって減ってゆく

樹氷原コースはNO100から始まって減ってゆく

思い出の「ざんげ坂」を滑ったが当時よりも
斜度や狭い滑走領域などの難易度は感じることなく
樹氷原コースを滑るも、もちろんモンスターは無い。
以前泊まったことのある「パラダイスゲレンデ」は
クローズ中でそちら側に抜けるコースにはロープが張ってあるし
「横倉の壁」も全層雪崩の為か進入禁止
挑戦してみたかったんだけどな・・・・

ここが有名な横倉の壁、この急斜面を一気に滑れる人は尊敬された

ここが有名な横倉の壁、当時この急斜面を一気に滑れる人は尊敬された

「パラダイスゲレンデ」にあった宿泊施設は
スキー人口の減少と利便性などでかなりの宿舎が廃業し
昨シーズンで最後のホテルが廃業したとのこと。
パトロールに聞いたらゲレンデは閉鎖中だが
通過して別のガレンデに移動するのはOKとのことなので
最後の1本はロープを潜って「パラダイスゲレンデ」
に入り込んで連絡通路を横切って「大平コース」に向かった。

パラダイスゲレンデは ひっそりとしていた

パラダイスゲレンデは
ひっそりとしていた

午前中にほとんどのゲレンデを滑り終えたので
年寄りスキヤーは身の程を考えてスキーを脱いだ。
早めのチェックインも可能であり、時間がたっぷりあったので
温泉街にある公衆浴場「川原湯」に向かう。
15時前の湯船には誰も居なくて貸し切り状態、
宿に帰ってもまだ外は明るいけれども
まずはビールということで飲み始めたら
ついついワインにも手が出てしまった。

川原湯は貸し切り

川原湯は貸し切り

楽しみにしていた「センタープラザ」の「露天風呂」は
湯温が上がらずにこの冬はクローズ中とのこと、
それもで内湯は相変わらず豊富な湯量で楽しめた。
やはり蔵王は数少ない「温泉とスキー」が楽しめるエリアだ。
「センタープラザ」は朝食のみが付いている宿泊プランだったのだが
想像以上の豪華な朝食に驚いてしまった。

残雪たっぷりの浅草岳訪問

「大力山・友の会」岳友であるm馬場氏からメール、
好天が期待される「浅草岳」へのお誘いである。
小生はもちろん参加、R太郎氏とS太郎氏にも
メール転送したら参加とのことで総勢5名の参加を得て
新潟県警へ登山届をメールにて届け出た。
(これは初めての経験である)

放射冷却の31日の朝、5:30待ち合わせの予定で
小生の車に同乗するR太郎氏が拙宅に到着。
荷物を積みかえて入広瀬に向かうことになったが
途中から後続の車が2台、R252を併走して
いずれも大自然館までの同行となった。
(その一台はm馬場氏が運転する車だった)
すでに数台の車が停まっていて出発準備をしている。
我らも登山靴に履き替えたりスパッツを装着したり
先達の指示によってアイゼンも付けることになった。

恒例の出発前の記念写真を撮ってから
アイゼンの下でギュウギュウと快い音を立てて
早朝の凍みた雪の上を歩き始めた。
小生は自分の6本爪をR太郎氏に貸したので
久しぶりに12本爪のアイゼンを付けたわけだが、
なにしろ30代の頃に購入した旧いタイプのもので
やたらとベルトをグリグリ巻きつけるモデルで
その方法に手間取ったり途中でずれたりして
皆さんに迷惑をかけた、ごめんなさい。

嘉平与ポッチが見えた

嘉平与ポッチが見えた

振り返れば守門岳が

振り返れば守門岳が

今回のコースは残雪期のみに利用される
ムジナ沢とヤヂマナ沢に挟まれた尾根を歩くコースで
スキーやスノーシューなどのトレースがたっぷりとある
歩きやすい林間のアプローチである。
それでも途中からのブナ林での歩行は斜度もあって
1時間半ほど歩いて尾根まで出る頃には
かなり汗ばんで漸く小休止となった。
その頃には「嘉平与ポッチ」の象徴的な三角のピークが見えてくる。

北岳の広大な山頂部

北岳の広大な山頂部

嘉平与ポッチへの最後の急登

嘉平与ポッチへの最後の急登

いよいよ尾根歩きが始まるのだがアイゼンの効きはよく
次第に高度を上げると風景が変わってきて快適に歩みが続く、
次々に現れる展望に眼を奪われては立ち止まり
特に昨年登った「北岳」とその後方に位置する「鬼が面」の姿に
思わずタメ息を漏らしたり、後方を振り返って越後三山や
遠くに見えた妙高・火打の明瞭な姿に驚きもする。
「嘉平与ポッチ」への最後の急登に喘ぎながら
右手の大きく開いたクラックを避けてピークへ直登する
先行者の後を追ってたどりつくと眼前に「前岳」「浅草岳山頂」が
手の届く距離に迫ってきた。

ボッチの裏側はすごい亀裂が

ボッチの裏側はすごい亀裂が

前岳が迫る

前岳が迫る

漸く浅草岳山頂が

漸く浅草岳山頂が

稜線部はやや風が吹くものの寒くはなく
汗ばむ歩行中の体には丁度良い。
山頂を踏んで記念写真を撮ったあとは北側に少し下った
風の当たらない雪面にて各自がスペースを確保して
早めの昼食の準備に入った。
せっかく持参したのだからとスコップで雪面にテーブルと
椅子を作ろうとしたのだが雪が堅くて諦め
カンジキの上にムジナの毛皮を敷いて椅子とした。

パノラマ展望1

パノラマ展望1

パノラマ展望2

パノラマ展望2

眼下には田子倉湖が

眼下には田子倉湖が

山専ボトルから注がれた熱湯はその熱量も衰えず
カップ麺におにぎりの定番の昼食を楽しんだ。
昼寝できるほどの暖かさは無いものの
カメラを片手に各自全方位の風景を楽しんだ。
あれが燧ケ岳その隣が日光白根、北に眼を移せば
粟が岳、朝日連峰、越後平野の彼方には佐渡島のドンデン山。

後続者が続々と

後続者が続々と

次第に後続のスキーヤーなどが到着してきたので
早めに下山することにして荷物を纏めた。
下降もアイゼンは装着したままでガンガン下る。
続々と登ってくるのはスキヤーとボーダーが多く
その中に大力山でお会いしたことのある猛者スキーヤーは
ムジナ沢に滑り込んでから再び登り返して
最終的な下降コースを選ぶことなど話してから
豪快にシュプールを描きながらドロップして行った。

振り返ると嘉平与ポッチが

振り返ると嘉平与ポッチが

豪快に下ってゆく

豪快に下ってゆく

尾根から外れる地点で小休止した後に
一気にやや腐り始めた残雪を蹴散らしながら下る。
重そうなザックを背負った男女ミックスのグループと
かなり下のほうでクロスした折に
あまりに遅い登山時間だったので問うたら、
途中で天幕を張って楽しむとのことであった。
なんと最後部の女性は半袖姿で歩いている、
確かに駐車してあるあたりでは気温が高くなっていて
帰宅後のビールが恋しいと思う。
最高の天気で最高の展望を楽しんだ兵どもは
2台の車に分かれて浅草岳の麓を後にした。

まだまだ現役の12爪アイゼン

まだまだ現役の12爪アイゼン

妙高杉野原スキー場

パソコン・ヘルプで訪問した知り合いのS氏宅にて
四方山話をしているなかでスキーの話でもりあがり
それではどこかのスキー場に出かけるかと話しが纏って
「妙高杉野原スキー場」に行くことになった。

26日の月曜日は快晴の予報が県内全体に出ていたので
期待に胸を膨らませて6時出発で妙高方面に向かう。
彼が最近購入したベンツの4WDのロングドライブも兼ねていたので
快適な車内でいろんな話が盛り上がってしまい、
セットしたカーナビが予定したコースを外れていたのを
見逃してしまい「飯山市」方面からのアプローチになった。

車は前回の「志賀スキー行」の前日に行く予定でもあった
「飯山市」から「斑尾高原スキー場」方面に向けて標高を上げてゆくのだが、
果たして「妙高」に行く道路がうまく繋がっているのか少々不安があった。
「斑尾高原スキー場」まで達すると目の前に「妙高山」の姿が見えて安心する。
「斑尾山」の裏側には「タングラムスキーサーカス」があったりして
「妙高市」と「飯山市」の間にスキー場が4つあるという
ウィンタースポーツの集中エリアなっている。

斑尾スキー場からの峠を下った木立から妙高山が見えた

斑尾スキー場からの峠を下った木立の間から妙高山が見えた

平野部に出ると眼前に妙高山全体が見えた

平野部に出ると眼前に妙高山全体が見えた

魚沼を出発して2時間半ほどで「妙高杉野原スキー場」に到着、
「志賀高原」に行くのと同じほどの時間がかかったわけだ。
今週から料金が「春スキー」バージョンになったようで
4時間券をシニア価格で購入していざゲレンデへ・・・・
S氏は高校の体育教師(スキー部監督)をリタイアしてからは
ハイシーズンは近隣スキー場で「中高生」のスキー旅行のスキー教師として
ゲレンデには出ているもののプライベートは今回が初めてとのこと。
競技スキー界の重鎮でもある彼はSAJメソッドも詳しくて
小生のカービングスキーの技術指導を無料で見てもらった。
(どうも左側の回転に治し難いクセが残っているらしい)

平日のゲレンデはガラガラ

平日のゲレンデはガラガラ

三田原山と赤倉山

三田原山と赤倉山

10時頃まではまあまあの雪質であったけれども11時を過ぎると
人数も増えたせいもあるがグサグサの雪でスキーが引っかかる。
1時間ほどを残して終了とした。
帰り道は新井から浦川原に抜けて十日町・川西の「小嶋屋総本店」で
「へぎ蕎麦」を手繰って気温の上がった魚沼に帰りついた。

春スキー三昧の日々

漸く「除雪作業」の苦行から解放され
晴れた日は残雪の山などを歩いていたが
先日、横浜に住む友人から須原スキー場のカーニバル
に出かけるのでご一緒しませんか?との誘いにのって
今期初めてのスキーを履いた。
この数年は残雪スキーからシーズンインとなるわけで
標高の高いクローズ前のスキー場を目指す。

さて須原スキー場では午前券を買って
2、3時間楽しんだのだが珍しくお尻をついて転んだ。
転ぶにしても大抵はコントロールできずに
前転することが多いのだけれどもこの数年、
ほとんど転ぶことは無かったわけで
(テレマークスキーの練習は別として)
お尻をついて転ぶということは
体力が落ちていることが明確になった。
さらには腰のあたりに違和感を覚えたことが
かなりショックである。

「逆療法」と思って平日の晴れ日に「八海山麓スキー場」に
須原の小屋に置いてあったN島君の板と幅広のロッカー板を
持参して滑り具合を確認しに行く。
N島君の板はかなり初期のカービングで
今の自分の板と変わりはなく、幅広ロッカーは確かに
安定感はあるが小回り回転に難があった。

平日とあって滑っているのは数人、まるで貸し切り状態。
4時間券を買ったのだが3時間ほどで引き上げる。
不思議と腰の違和感は治った。(バンザイ)
さて調子が出て来たので家人が留守をする日を狙って
遠出スキーをするつもりでゲレンデを探す。
候補はもちろん「温泉」と「大規模スキー場」が条件で
「野沢」「志賀」「蔵王」が頭に浮かんだのが
昨年行く予定だった「志賀高原」に決定。

日曜日の早朝に自宅を出て9時前には「志賀・丸池スキー場」の
駐車スペースに車を停めて準備に入った。
宿泊予定なので1日券を買ってリフト、ゴンドラを乗り継いで
まずは「寺子屋」の山頂まで行くとさすがに標高が高いせいか
前日に降った雪が薄っすらとゲレンデに積もっていた。
しかし気温が低い事と強風のせいで雪面は硬い。
最近の8割の人達はヘルメットを被っているのは
堅い圧雪状態のゲレンデでの転倒対応か・・・
まあ、見た感じでは中級以上の人達ばかりで転倒している人は
ほとんどいなかったしスノボ人口は10%くらいで
他のスキー場に比べたら危険リスクは低い。

目の前には北アルプスが

目の前には北アルプスが

一ノ瀬ファミリードゲレンデ

一ノ瀬ファミリーゲレンデ

一筆書きができるゲレンデを全て滑る予定で
「寺子屋」から「一ノ瀬」に向かって滑りながら移動
最奥の「焼額」まで行ってから南下しながら
気に入ったゲレンデでは数回滑ることにした。
15時には予約してある「志賀ハイランドホテル・アネックス」に
チェック・インして地下にある温泉で温まってから
1人宴会となった。

ハイランドホテルは一人でも泊めてくれる安価な部屋があるが
かなり古いホテルで昔懐かしいスチームの暖房方式で
稼働時にはそこから金属音がしてきてコックを捻ると
部屋がかなり温まってくる昔懐かしい優れもの。
浴衣一枚でビールがガンガン飲めるほどの快適さ、
翌日は天候が下降気味だし滑らずに帰宅予定なので
持参したワインまで開けてしまって沈殿。

朝食前と出発前に温泉に浸かって満喫して帰宅へ、
月曜日だというのに結構なスキー客が登ってくる。
標高を下げた湯田中にはほとんど積雪は無く
魚沼とのギャップに驚いてしまったが
栄村を過ぎたあたりからは里にも積雪が目立った。
飯山の道の駅で買った「林檎」と津南の「雪下ニンジン」を
土産に氷雨が降る魚沼の里に到着、
冷えきった家中を温めるのに3時間は薪ストーブを
ガンガンと燃やして彼岸前の寒の戻りに対応。

下権現堂山(旧アクシオムスキー場から)

m馬場氏に誘われて出かけた。
最初は「守門・大岳」か「平標山」という話も出たが
いずれも人が多そうだし、冬の「下権現堂山」のスキー場コースも
未体験だったので小生が強く推したのだ。

8時に迎えにきてもらってかなり冷え込んだ朝の出発、
数日前から好天の予報が出ていたし、
例年は旧アクシオムスキー場の斜面にはトレースが付いていることが
多かったが果たして3月3日「ひな祭り」当日はノントレース。

すでに強烈な朝日が射しこんでいる

すでに強烈な朝日が射しこんでいる

先行するm馬場氏

先行するm馬場氏

前日の雪が薄っすらと積もった斜面にスノーシューで歩き出す、
先頭は若いm馬場氏に歩いてもらって爺さんはのんびりと後を追う。
思ったほどのラッセル苦行はなく1時間ほどで小休止、
すでに上着は脱いでおり2枚重ねのロングスリーブの襟元全開
頭は手ぬぐいに切り替えてある。
まだ旧ゲレンデのトップはひと登りせねばならないので
給水を終えてひとがんばり。

近年では足跡を見なくなった兎のトレース

近年では足跡を見なくなった兎のトレース

最終リフトの残骸

最終リフトの残骸

「権現堂スキー場」の時に数回、「アクシオム」になってからも
数えるほどしか通っていなかったが一番上のリフトは「強風」で
何時も動いていない時が多かった思い出がある。
その急な斜面をヒール・アップしたスノーシュで直登する。
トップ到達すると登り始めた道路はもう見えず、
むしろこれから歩く尾根と山頂部が手の届く距離で見える。

山頂部が見えた

山頂部が見えた

クラックが罠を仕掛けている

クラックが罠を仕掛けている

この尾根を越えて山頂部に至る

この尾根を越えて山頂部に至る

ここまでで2時間ほどが経過しており残りは1時間のアルバイトだという。
ブナ林や痩せた尾根を幾つか越えると最後の山頂部に至る急斜面、
コロコロ変わる雪質と足元からバラバラと崩れ落ちる
モナカの皮のような表層に苦労させられながらなんとか突破。

守門

守門

三山

ハナコさん

誰も居ないと思っていたが「戸隠神社」側から登って来たらしい
ワカンのトレースを発見する。
すでに下降していった様子なのでどんなコース取りをしたのか
2人でいろいろ考えてみたが結論は出ない。
山頂部はやや風が強くて休憩するには不適なので
「中越」側に少し下った斜面にスコップで風よけブロックを
積んでから座る場所を確保して昼食とした。

名残惜しいが下山

名残惜しいが下山

陽射しは強くなって気温は低いものの暑さを感じる。
遠くまで連なる魚沼の山襞を見ながら
山で初めて使う「山専ボトル」でカップ麺を作り
焙煎したての珈琲を淹れた。
風の音ももちろん車の音や人の話し声すらしない、
穏やかで静謐な雪山でのひと時は何ものにも代えられない。
時が許すならば昼寝でもしたいものだが・・・・・

重い雪に苦労しがら下山

重い雪に苦労しがら下山

なごり惜しいものの登った山は下山せねばならない。
小生はせっかく持参したのだからとカンジキに履き替える。
スノーシューでの堅い雪の急斜面の下降は不得手なわけで
これでスキーがあれば10数分で滑り降りる斜面を
カンジキやスノーシューでとぼとぼと下った。
m馬場氏は急斜面では「尻セード」を始めて楽しそう、
午後にはさらに気温が上昇したのだろう、雪も重くなった。
結局、誰にも会わない静かな「権現詣で」になった。