月別アーカイブ: 2011年1月

追伸

今夕の民放ニュースで「魚沼市穴沢」の最高積雪を特集した番組が放映された。
いずれも局の職員が訪問した状況やら特定の個人を対象に取材していたが
その裏には行政から依頼され、困難なスケジュールの中で疲弊した除雪作業者が居たり
ボランティアで除雪作業にあたる市井の民が存在する事には触れていないのである。
現実は早朝に出勤する個人が自宅から公道に出る通路確保に汲々としていたり
自宅の周りだけの除雪に情熱を傾けているのが事実であって、
悲しいことに公の利益などは2の次であるのが現実なのである。
いつの間にか、この国は個人主義(所謂利己主義であるのだが)が正義とされ
「思いやり」とか「助け合いと」かは死語になりつつあるのだが
どっこい、まだ見事なまでのボランティア精神は生きている。
本日も夕闇が迫ったなかで公の除雪車が入らない町内の道路を自前のフライヤーで
黙々と通路幅を広げている人がいたり、一日中町内をスコップ片手に駆け回る人がいたり
そんな姿をみると黙って手を合わせるのが常である。

狂ったような・・・・

荒れ狂う横殴りの降雪は一晩で50cmを軽くクリアし
せっかく排雪した裏の雪山がまたアルプスを形成している。
すでにこの地域で活動する除雪車は相次ぐ積雪に間に合わず、道路は10cmほどの圧雪状態で
自宅前で町内のレオパレスに住む転勤族が乗る2DWの乗用車がスタック、
車高が低いから腹に雪を巻き込んでパワーは出ないし轍は深くどうしようもない。
丁度除雪中だったのでスコップで前輪の前を少し削ったら脱出できたが
同じような事象がいろんなところでおきているようだし、今、窓から見える国道では
大型トラックがスリップして動けずに10分ほど立ち往生、2車線だから良いようなものの
これが1車線ならばたちまち渋滞の列ができて大迷惑・・・
Wチェーンなどしていないような様子でこの後どうなることやら・・(丁度除雪車がきた)
予報では明日一杯、強烈な寒波は居座ってプラス50cm超の降雪だとか
もうその数字を聞いても驚かずにタメ息が出るだけ。
今日は裏に周るのにまずは3mの雪壁を登って電線を背をかがめてくぐる始末、
数年前の大豪雪ではその電線が雪の下に埋まったことがあったから
それに匹敵する状況だということで最後まで緊張の糸を緩めず体と心の準備をしている。
ニュースでは関越道の上り車線で事故発生との事であるが、この状況では不思議ではない。
除雪が間に合わずに圧雪、零下が続くスノーシェルター内の道路は凍結して危険がいっぱい
そんな時にスピード出しすぎ、車間あけずに、スリップ、追突・・気をつけねば。
さて明日からは2月で、節分も近いからそろそろ冬将軍もお引取りの時期かな・・・
「朝のこない夜はない」わけで「春のこない冬はない」ことを祈って
もう数日、頭をたれて吹雪が通りすぎるのを耐えて待つことにしよう。

久々の記録越え

ついに須原の小屋の雪下ろしが6回目を迎えた。
あまり喜ばしくない記録であるが自宅の屋根を見てから
須原のほうがもっと積雪があると判断して出かけたら・・・・
まず裏の鉄梯子のある場所に登るのに10分間の道作りから始まって
屋根のオーバーハングしている雪庇を落とすのにアクロバティックな形での作業、
ようやく屋根の片隅に1m幅の通路を作ったまでで30分が経過している。
20110128_suhara3.JPG
道路から鉄梯子までの取り付き・雪壁
雪はこの数日間で積もった1.5mの新雪で軽いのが幸いしていた。
小雪が舞っている中での作業だったが気温は零下で汗ばむこともないのだが
手袋の選択を誤ったようで手が冷たい・・・それでも小一時間かかって作業を終えた。
20110128_suhara1.JPG
梯子に覆いかぶさる雪庇
20110128_suhara2.JPG
日別に蓄積された雪の層
下に降りて湯沸かし器の排気筒を掘り起こした頃にスノーフライヤーの音が・・・
雪を下ろしているときにグレイダーが雪を押していたからすぐに来るかと思っていたから
タイミング的にはジャストで山になった雪が一瞬のうちに4m雪壁の彼方に飛ばされた。
このフライヤーがこなければ落とした雪の処理に難儀するところである。
自宅に比べて楽なのは落としたままでいいというところ・・・・
さて明日は自宅の屋根だ。

to late to little

新潟県と魚沼市などがようやく「豪雪」に対する対策本部なるものを立ち上げた。
なにやら積雪量が「適用基準」を超えたからだと云う・・・
すでに雪は峠を越えつつあるし、「豪雪」の兆しがみえてから2週間が過ぎてしまった今頃に
「きめ細かい対応」などと言われても道路脇には処理できない雪が積みあがっているし
いろんな事故が起きているのが現実であるから、やや遅い対応である。
まだ体が自由になる小生などはいいけれども年配者だけの世帯で戸別住宅に
暮らしている人たちに対するサポートは公の役割としてもっと早くに対応すべきだろうが
日ごろから民間の除雪業者に丸投げの「除雪体制」ではうまくゆくわけがない。
何かあるたびに「危機管理」の対応に遅れをきたしているこの国では
政治家や公の組織がいつも言っている「安心」「安全」がスムーズにはいかない。
全国規模に拡散の恐れがある「鳥インフル」の事件もあるし、
お役所の優秀な職員の方たちはすでに対案を練っているであろうが
自らがスコップやスノーダンプを手に持ってトラブル現場に飛び出す情熱や熱い志が
あるのであろうか?
近隣に住む知り合いが未明から町内の道路や融雪が間に合わない場所に出かけ
奮闘している姿を見ているだけに歯がゆい思いがする。
「公共サービス」の「to late to little」を思い知った。

久しぶりに太陽が・・・

4時に目が覚め、月の明かりと星の姿が確認できた。
最近は2度寝の習性がないので新聞を取ってきて読み始める。
やがて何時もなら「除雪車」の音がする時間帯でもあるのだが、
今朝は珍しく積雪が無いので「除雪車」の出動はなく静かな夜明けだ。
6時すぎに八海山の山頂付近が朝日に染まり始める頃が一番気温が低くなるようで
早くも出勤する車のタイヤが凍てついた道路の雪を踏みつける音が「バリバリ」と
高い音を発てて朝の空気を震えさせていた。
9:00に太陽が顔を出したのでさっそく裏の屋根から落ちてできた雪山を崩す作業を行う。
それからベランダの除雪、そして数日ぶりに屋根に登ってみた、
前回残してあった分とその後に積もった30cmほどの新雪を下ろす事にした。
本日はシャツが2枚と頭に巻いたタオル2枚が汗でぐっしょり。
そしてなんというアクシデント・・・、愛用していたステンレスのスノーダンプのステーが折れた。
4シーズン目だからそれなりに金属疲労したのだろう、かなり硬い雪をゴリゴリやったし・・
予備の鉄製のスノーダンプは痛みが激しくて使い物にならず
ステンレス製は急遽、溶接の修理に出すことにして町場に出かけた。
帰りにホームセンターで新品で頑健なステンレス製を探したが、良いのが見つからない。
今シーズンはこんな雪だから使いやすいものは早く売れてしまったのだろうか、
明日にでも他の店を巡って探さねばまだ続くであろう豪雪に対応ができない。
今日はほとんど降雪もなく穏やかな一日だったが明日からはまた雪ダルママークが
ならんでいるから油断はできない。
20110124_asa.JPG
日の出前の八海山

今シーズン4回目の雪下ろし

訪ねてきた知り合いとの会話の中での挨拶に
「何回下ろした?」「すでに4回」「うちはまだ3回」
旧来の屋根や近隣との関係で自然落雪でない建屋ではどうしても
「雪下ろし」は必要な作業で、あまり溜めないうちに下ろすのが理想とされているが
4日に一度はやや多い回数であろう。
小生は須原の小屋も面倒をみている事もあるし、裏の屋根から落ちた雪の処理もあるから
この数週間は老体にムチ打って労働奉仕をしている。
筋肉痛はないけれども腰周りにやや違和感が出てきたので
だいぶ体にストレスが溜まってきたのかなと思っているが、
予報では「立春」すぎるまでは北極からの寒冷塊が日本に居座るらしいので
なんとか体をだましだましもたせるしかない。
週に一度の大力山詣でよりも体を酷使している感もあるのだが
つらいと思ってやると作業効率が悪いので極力楽しい作業と思いながら
雪の壁や山に向かうことにしている。
こう続くとタメ息がでるけれども・・・・

家の裏にアルプス針峰群が・・・

今シーズン3度目のアルプス出現、それも一夜にして
鋭い尾根ができあがって見事な風景なのであるが、
屋根に届きそうなので排除作業にとりかかる。
週の初めから雪は降り止まずに、昨日からは粉雪がすごい勢いで降ってきたので
心配していたがついに裏も表も雪の山ができている。
このままだと数年前の大豪雪の量に達するかもしれない・・・
2011012yuki2.JPG
屋根に届くほどの自然落雪の結果・・・

降り止まぬ雪に・・・

「成人の日」の連休に手伝ってもらって下ろした須原の小屋の屋根、
まだ10日も過ぎていないのだが連日の降雪に心配になって準備をして出かけた。
今朝は拙宅のあたりの雪は湿雪であったが山間部は粉雪が舞っているし
見上げた屋根の雪は1.5mはありそうな感じで屋根に登りつく部分に雪庇が
張り出していて突破がけっこう大変そう、この数年ここまで溜めたことがないから
片手でスコップ、片手で鉄梯子を握ってなんとか人一人が立つ空間を確保。
20110119_suhara1.JPG
ようやく確保した屋根の一角
思った以上に雪が軽かったが量が多くて2時間の格闘。
2、3日前からTVのニュースで今シーズンの雪下ろしで亡くなった年齢層と人数を
発表していて「雪下ろし」の心構えもアナウンスしていた。
一人で作業するな!梯子はちゃんと固定しろ!屋根の縁付近は慎重に!
多少の雪は屋根に残して削ること!等・・・
屋根の雪下ろし暦は45年以上(実家では中学生の頃からやっていた)
須原の小屋は作った頃からせっせと通ってやっていたし、
自宅と平行してやり始めてからすでに10年以上経過しているが
沢登りで揃えたザイルとハーネス、カラビナを利用してセルフ・ビレイを
とっているからもしもスリップしても屋根の縁ギリギリで停まる調整をしてある。
そんな時は決してスリップしたりしないし、緊張して作業している事もあって
今までも事故の前兆すら感じたこともないがほんのちょっとの油断が命取り・・・
20110119_suhara2.JPG
1.5mの積雪には日別の層に分かれていた
明日は自宅の屋根の今シーズン4回目の「雪下ろし」を計画している。
長期予報では今月いっぱい寒気団が居座って大雪が降りやすい天気が続くらしく
できる時にやっておくのが一番良いのであって、老体にムチ打って屋根に登る。
できれば晴れていたら気分も良く作業効率も上昇するのだけどね・・・
町内の消雪パイプから降雪時に流れる地下水も涸れかけて
融雪溝もどきの農業用・用水路にもあまり水は流れなくなってしまった。
20日が大寒だからそれが過ぎるまでは耐えるしかないのだろうか・・・

寒気と上京

どうもこの時期に上京すると同期をとるように寒気団が列島を襲う。
13日の午後に移動するときからさらさらの粉雪が降っていたが
気温が低いだけで降雪量はさほどでは無いと予想して上京。
その夜は旧い友と会う予定をしており、神田駅に向かう、
20代の前半から新潟に越すまで通いつめた「三州屋」で一献傾ける予定であった。
まずは山友でもあるN氏と改札口で合流、後に須原の小屋のオーナーでもあるH氏が
これも会いたいと思ってなかなかチャンスの無かったN山氏を伴って現れたので
いつもの大きな店に行ったが満員で、本店と云われている小さな店にもぐり込む。
一気に話は30年前くらいにタイムスリップしてビール瓶が空き始める。
N山氏は相変わらずダンディで正しいトラッドを着込んでいるのだ、
ボタンダウンのストライプのシャツにレジメンのタイ、シューズはリーガル・・・
あの頃は2人でよくジャズを聴きにいったね、などと話しながら
乗鞍岳への夏スキー行、鳥海山への春スキーと話題は広がり、想いはかなたへ。
遠方から通勤しているH氏は先に帰り、N氏とN山氏には遅くまで付き合っていただいた。
すっかり田舎の爺になった小生はほろ酔いムードで小岩へ・・・
さて翌日は実にまじめに仕事を2件ほど終えて夜は年末から会うチャンスを探していた
出向中のK君を誘って会社の近くにある昨今ブームになっている「一律299円」の居酒屋へ
一品が一人前で量が少ないので皿数が増えて結局はそれなりの金額になってしまう。
それでも優秀な部下であるK君を激励して別れた。
3日目は若いときの「抒情詩・同人」の友人が詩集を出版したお祝いのパーティ。
久しぶりに新宿の副都心に出かけて懐かしい人たちと邂逅、
2次会は西口の「思い出横丁・キクヤ」へ・・・もちろん「煮込み」「ミックス焼きトン」
3次会はパーティに参加できなかった整体師をやっているT氏と会いに西日暮里で・・・
3夜を東京で過ごした後に魚沼に帰りついたらすごい寒気と雪が待っていた。
アルコール漬けだった体に渇を入れて汗をかくことにしよう。

3回目の雪降ろし

天候が好転し始めたのが午後、時折青空が見えたり
凍結していた道路が解凍してゆくほどの気温の上昇(多分2、3℃程度)してきたので
屋根に上がる決心をして準備をした。
ザイルはたまたま前回の雪降ろしの時のままだったので
屋根に積もった雪の中から先端を探してビレイ。
雪は想像以上に軽くて作業はわずか30分で降ろし終わるが
汗はけっこう吹き出てしまい、シャツはぐっしょりと濡れてしまうし、
今シーズンから使い始めた雪用ゴム手袋もやはり内側が蒸れて濡れてしまう。
昨年までは大き目の農作業ゴム手袋の中に薄い木綿の手袋を着用して
ダブルで使っていたのだがやはり汗で濡れて不快だったけれども
なかなか良い方法が見るからずに苦労している。
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屋根の上