月別アーカイブ: 2012年5月

雨の日は美術館へ

5月25日から約1ケ月間「池田記念美術館」で
知人のお二人が「魚沼を描く」というテーマで「二人展」を開催していて
案内状を頂いていたので出かけた。
「佐藤守弘」氏は毎年元旦登山をご一緒したりするわけだが
「鮎釣り」や「油絵」の造詣も深くてまさに「魚沼」の山野を描かせたら
その特徴を捉えて素晴らしい絵をお描きになる。
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佐藤氏の雪山は
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緑と水田のコントラスト
「高橋正則」氏は知り合った頃は絵を描く一面を知らないでいたが
「白象会」の展覧会でお会いしたときにようやく同一人物と確認。
今にも飛び出してきそうな毘沙門堂の彫刻を描いた迫力には驚き・・・
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今にも飛び出しそうな・・・
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三枚の獅子

またまた2日連続大力山

今までの停滞気味だった大力山詣での遅れを取り戻そうとばかりに
「晴れたら大力山」を実践している。
土曜日はややお疲れモードのS氏は呼吸が乱れていたが
休憩舎に着くころは1週間の不純物が汗になって流れ落ちて
2人ともシャツを着替えての珈琲タイムへ
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あのシオデにこんな花が咲く
風景はすっかり初夏の様子で、あれだけ柔らかな新芽が目立った山々が
濃い緑の木々に覆われてきた。
眼下では水が張られた水田に苗の緑が薄っすらとわかる程度だけれども
もうすぐに緑の絨毯のようなパッチワークが広がるのだろう。
下山時にはR太郎氏とクロス、彼はクロハゲまで行くと云っていた。
さて日曜日は2人も調子が良くていつものチェックポイントでも
33分切りの時計を示していた。
気温も丁度よかったのだろう32分を少しきる好タイムを記録。
このペースで夏山シーズンを迎えられたらベストなのだが・・・・

新緑・新緑そしてまた新緑

土曜日は大力山へS氏と恒例のトレーニング、
雨上がりの登山道脇には「シオデ」が沢山出ていたのでそれを採ったり
タケノコは?などと道草をしながら登る。
車が2台ほど停まっていたが、どうやら山菜採りらしく、
ヤブの中からガサガサ音がしてまさに春の山の幸を探している人たちがいる。
カタクリもイワウチワも咲き終わって雨上がりの緑がまぶしい、
恒例の休憩舎で珈琲を飲んでから下山。
数組の登山者とクロスしたがこんなに良い天気なのに訪問者が少ない。
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休憩舎から八海山
翌日も晴れることを予測していたのでN澤氏を誘って権現にでも登ろうと思い
S氏と相談していたが、果たしてN澤氏は都合が悪くて2人で登ることになった。
朝からだいぶ気温が高いので9時出発を30分早めて戸隠神社へ行ったら
すでに駐車場は満杯ちかい。
マイクロバスの団体が到着したので前後するのが煩わしく速攻で出発。
業の秤を過ぎると日陰のない尾根道の急登が連続するのだが
あまりに暑いせいか先行しているグループがところどころで休憩している。
前日のトレーニングが役に立ったのか調子は良い、
4合目で小生がシャツを1枚脱いで水をひとくち含んだだけで
一気に「弥三郎清水」まで登りきった。なんとそこまで60分で登った。
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弥三郎清水の岩
豊かな水を吐き出す岩からペットボトルに水を詰めて最後の3合を登りきる。
9合目付近に少しばかり雪が残っていたものの概ね乾いた登山道で
80分という新記録で頂上に着いた。
暖かくなると虫が多くなって、先行して登っていた小千谷からきた単独の男性は
吸血虫に何箇所か咬まれて耳たぶから血を流していた。
長袖のシャツを脱がずにタオルで頭を覆い防御・・・・
珈琲を2杯飲んで、早目の昼食を食べる。
小千谷の単独行はしきりに団体客の到着を気にしていたが
途中でクロスする面倒くささを嫌っていたらしい。
我等がスライドした10人ほどの人たちもようやく到着しだしたので彼は急いで下山していった。
我等も登山口で見かけたマイクロの団体さんが気になったが
足場の悪い急斜面でクロスさえしなければいいかと思って出発。
案の定、「弥三郎清水」付近の水平歩行部分で遭遇・・・・
しばらく停滞したが心配したほどではなかった。
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ブナ林
ブナの鬱蒼とした林のあたりでは休憩しているグループがいたり
お昼ころだというのにまだまだ登ってくる人たちがいるのに驚く・・・
かなり気温が高くなっていて疲労度は増すだろうに。
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中腹に残る湿地帯の残雪を臨む
久しぶりの登山靴で指先の「慢性靴擦れ」症が顕著になった。
やはり足にフィットした登山靴を買い求めるべきか・・・・
この数年、下山時の靴擦れには悩まされているので検討せねば。
帰宅してシャワーを浴びて体重を量ったらマイナス5k・・・・・
そんなバカなと思ったけども一夜明ければ元に戻るのだろう。

緑の大力山

こよなく大力山を愛する3人のおじさん達が珍しく一緒に登った。
ナタとノコギリを持参して、登山道に張り出した枝などを排除しようと思っていたら
すでに測量の人たちだろうか、そのほとんどをやってくれていたので
道に落ちている枝を拾うことぐらいしか出来なかった。
それでも木製階段下の道に張り出した大きなコナラの枝を切り落としたり
数箇所の邪魔になる枝を排除。
歩き始めは吐く息が白いほどの冷気だったが
太陽が出てくると一気に気温が上昇してくる。
珈琲を2杯も飲んでからS氏と小生はゼンマイ採りに沢筋を巡るR太郎氏と別れ
すっかり雪が融けて緑のトンネルが出来ている登山道を下った。
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休憩舎近くに群生するイワウチワ
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最後に咲いたカタクリ
午後は奥只見丸山に春スキーに来ていたN島氏が来たので
お昼を一緒してから一本杉に山菜採りを兼ねて登る。
カタクリは終わっていてイカリソウもほぼ終わりかけている。
今年の山菜や花の咲く時期は予想できないばかりで
気候変動の不思議さをうらんでみた。
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珍しいスミレ
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イカリソウ1
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イカリソウ2

雪解けの大力山

GW後半は天候が安定しないでいたが
5日の午前中に雨上がりの間隙を縫って大力山に登った。
1週間にわたる暴飲暴食でやや体重が増えた体を持ち上げてゆく。
想像以上に雪解けは早くショウジョウバカマ、カタクリの花は最盛期をむかえ、
潅木の新芽も競って開き始めている。
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ショウジョウバカマ群落
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開花前のカタクリ
残雪は最後の急登を登りきったあたりからまだ斜面に張り付いていたが
次に訪問したときには無くなっているだろう。
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上のフナクボ付近の新緑
雨上がりの空気はやや重かったものの休憩舎に着くころには太陽が顔を出してきた、
汗で濡れたシャツを着替えると風が冷たいものの陽射しは暖かい。
今朝は薪ストーブに火を入れたくらいだからこの時期は気温の高低が激しいが
太陽の陽射しがこんなにも暖かく感じるのは常のことでもある。
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ヤマツツジ
今日あたりは誰もこないかなと思いながら下降を始めたら3組の登山客が登ってきた。
これからは新緑の大力山を目指して大勢の訪問客が来るのだろう。
いつまでもゴミの無い美しい山であってほしい。
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ミズナラの柔らかい新緑

がんばっぺ!福島

3・11以降、気にはなっているものの足が向かなかった福島県、
決して放射線量が怖いわけではなくて津波による被害現場を眼にすることへの
視覚的な衝撃や、被災者に対する自分自身の気持ちがまだ足を竦ませていたのだと思う。
中越地震の時に比較しても悲惨さは比べようも無く辛い出来事だったから・・・・
特に数年前に仕事で2週間ほど「いわき市」の海沿いを走った思い出もあるから
その周辺には足を向けることをためらってしまうのが現実なのだ。
だが福島県を応援するという意味での訪問先を「磐梯山」を中心とした温泉に選んだことは、
長い間ずいぶんとお世話になったこともある地である事なのであって
そこの場所に滞在することで自分がいくらかでも復興の役に立てばとの想いである。
そんなわけで今回はまず「安達太良」付近の温泉を訪問することにした。
「土湯峠」付近にある「野地温泉」はかなり有名なわけで、
さすがにGWは満室らしく直前の宿泊は断られてしまった。
それでも旧知の「岳の湯」(自炊専門宿)になんとか直前予約をしてセーフ。
自宅から持ち込んだ「ぜんまい煮」「アサヅキ味噌和え」「クリーム・チーズ」「タケノコご飯」
それに加えて「二本松インター」付近のスーパーでビールやらフランスパン、サラダなどを
買い込んだものを自室のテーブルに並べての自炊宿。
なんか高級な宿よりも我等・山屋はこれが落ち着くねなどとN島氏と
風呂上りのビールなどを傾けながら会話する。
「岳の湯」は安達太良山の中腹にある「くろがね温泉」と同じ源泉から
長い距離(8k)を経て引かれた酸性泉で100%源泉の名湯でもある。
かなり熱い湯であるのだが常連客らしき人たちは平気で入っているのには驚く。
我々はアーとかウーとかうめきながら湯船に体をゆっくりと沈めるのが精一杯・・・
さて朝の自炊場はけっこうな混雑で、これもまた湯治専門宿らしく
少なくなってきた昔ながらの温泉宿なのである。
ガスはコインを入れての従量制、電子レンジは自由、冷蔵庫は無いが
まあ、他の自炊対応・湯治温泉とそんなに変わりは無い。
朝風呂の熱い湯にザブリと入った後は早めにチェックアウトをして
当初、泊まる予定であった「野地温泉」へ向かうも、
どの宿も「日帰り客」の受け入れは10時からという事になっているらしく
無理に頼んで懐かしの「赤湯温泉」露天風呂に入れて貰った。
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赤湯(好山荘)の露天
一応は白濁した硫黄泉で温度も適宜なその露天風呂は
早朝ということもあったが2人きりの貸しきり状態でのんびりと楽しんだ。
気温が高いせいもあって残雪の山野を巡ってくる快い風がほてった体に快い・・・・
さてここからは当分は無料開放されている「磐梯吾妻スカイライン」を使って「浄土平」経由で
「土湯温泉」、さらには県境を越えて米沢にて有名な「辛みそラーメン」を食べるべく
吾妻山脈のど真ん中を走る有料道路を走り続けた。
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磐梯吾妻スカイラインから見た磐梯山
結局は「辛みそラーメン」は場所が特定できず(南陽市の赤湯まで走ったが・・・)
米沢市内の車が多く停まっている店で賞味した。
スープはやや甘めだがトッピングされた辛みそを溶かすとそれなりに辛くなる、
まあ、やみつきになるほどの味ではない。
米沢から喜多方にぬける「大峠道路」を走って再びの福島県入り、
最初に就職した会社の大先輩である「K師匠」が喜多方市に住んでいるので
まずは「熱塩温泉」の公衆浴場で一風呂あびてから家に電話したら、なんとすぐ近くの旅館で
地域自治会の「花見宴会」をしているとのことなので、
その旅館に押しかけて面会を申し込むずうずうしさ・・・
ほんの30分ほどのロビーでの会話であったが懐かしく懇談。
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喜多方市の蔵風建屋に咲く桜
さていよいよホームポジションに帰ることにして「磐越道」を「会津板下」から新潟県の「安田」まで
利用した後は一般道を「五泉・加茂・下田・栃尾」経由で魚沼に至る。
夜は須原にて、またまた二人きりの宴会となる。
N島氏と二人きりのドライブを兼ねた山旅+温泉は久しぶりだったが
なんと600kmの3県を周る温泉旅を楽しんだ。感謝!!
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魚沼に咲く桜

何年ぶりかな「日向倉」

最初に行ったのがY画伯、M川氏等とご一緒した数年前、
それから2回ほど登っているが、いずれもシルバーラインが開通して
すぐの4月上旬であり、スノーシューが必要なほどの状況だったけれども
今回は行動中のすべてに於いてアイゼンもピッケルもスノーシューも不要で
愛用のスパイク長靴のみですました。
前日に関東から来たN島氏と銀山平の湖山荘に宿泊して
ゆっくりと朝食を頂いてからの出発だったので雪の状態が心配されたが
一応ピッケルだけは持参することにして、スノーシューもザックに括り付け
気温が高い予報だったから薄着で歩き始めた。
トンネル出口には乗用車が2台、かなり前に先行しているようで
アイゼンとツボ足のトレースが確認できた。
最初の急斜面でカモシカと遭遇したが、いつもの例でしばしお互いを見つめあい
彼が尾根を越えて隣の沢に去ってゆく。
最初の20分はやはり厳しい歩行になるが呼吸が定まると調子が出てきたようだ
45分を少し出た時間で尾根に到着、N島氏を待つ。
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急登を終えた尾根から見る日向倉方面
前夜に隣のテーブルで迷っていた2人組を誘ったから
荒沢と駒ケ岳の姿が気になったが、この天気と透明度であれば良しとしよう。
ここからは何度かのアップダウンを繰り返して「日向倉」直下のやせ尾根に至る。
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まだまだ豊富な雪を抱く駒ケ岳
例年、直下の急斜面はいち早く融雪が進んでブッシュが出始めるのだが
今年はなんとかセーフで、やや雪庇が崩れかけたリッジを慎重に渡り、
最後はやや広い急斜面を一気に駆け上って山頂に到着。
尾瀬の燧岳の双耳峰が近くに見えたり、平ケ岳や会津駒の広くてたおやかな山容が 
手の届くような距離に見えるのが見事である。
バナナを食べながらN島氏の到着を待つ間に干した汗を吸ったタオルが乾いたほどだから
乾燥した空気が流れ込んでいるのだろう。
恒例の珈琲を渡して飲んでから早々に下山に取り掛かる。
午後からは福島県の温泉旅に出かける予定なのでなるべく早めの行動が好ましい。
結局は予定していた5時間を30分ほど早めて歩行を終えたが
最後は急斜面の雪面を駆け下りていた。
まあ、Y画伯等と一緒に残雪の山を登ると下山は皆でガンガン駆け下りるから
自分自身はそれほど過激な行動だと思っていないのだが・・・・
湖山荘に一度戻って、露天風呂で汗を流して美味い蕎麦を食べ
魚沼の里に戻ってから関越・磐越道を辿って「岳温泉」に向かった。