月別アーカイブ: 2012年12月

あと数分で2012年も終わる

この秋に我が長兄が他界し、つい先日は師匠と仰ぐ先達を見送った。
自分自身は夏の終わりに長い間席を置いた会社を引退した。
なんとも激動の1年であったが、ありがたいことにまだ五体満足で
平穏な毎日を送ってこれた。
来年は残された時間を有意義に過ごす為に
また再び歩まねばならない。

まずは明日は大力山に初登山・・・
皆さん良いお年をお迎えください。

今年最後の大力山訪問

青空が出るのを待っていたらお昼を過ぎた。
ガスによるものだと解っていたのだがなかなか腰をあげない
優柔不断のだらしなさである、
昼食後に双眼鏡を覗いたらトレースを発見したから
やはりこの年末最後の大力山を楽しむ人がいるのだろうと
車で麓に向かう途中でスキーを肩にした3人グループを発見、
見覚えのある顔が運転中の小生の視線と交わった。
車をUターンしてご挨拶、彼らは一本杉から尾根伝いに
鳴倉山を登って滑り降りてきたと云う堀之内のT沢氏夫妻グループ。
一昨日はやはり大力山を滑り降りたとの事で
この数年は山スキーに力を入れている情熱に脱帽。
長らく山スキーしていないな・・・・

さて登山口で単独行の女性が下山してカンジキを脱いでいる
場面に遭遇してしばしの会話。
記憶に間違いなければ魚沼の山野を歩くブロガー「里山」さんだ。
トレースの無い単独の雪山歩きに挑戦する勇気に
ガスが晴れるのを待っていた小生は恥ずかしかった。
彼女が付けたカンジキトレースを辿りながら歩き始めると
すぐに汗が噴出して半袖のTシャツ一枚になる。
木々の梢からは融けた水滴がバシャバシャと落ちてきて
体中を濡らしているが、その冷たさも火照った体に快い。

まずはスノーシューで歩き始めたが、ザックに括り付けた
カンジキの出番はなく順調に高度を稼いでいけた。
下の舟窪からは右の斜面にトレースが移り、例年のコースを
踏襲しており、上の舟窪を過ぎたあたりからは直登する斜面に
くっきりとカンジキとスキーシュプールが残っていた。
おかげで一回も休憩することなく1時間弱で休憩舎に着く。

晴れてはいたが風が冷たくて汗で濡れたTシャツを着替えると
水を一杯飲んでそそくさと下山に取り掛かった。
途中で単独行の男性とスライド、この好天では登ってみようと
大力山ファンが駆けつけるのも頷ける。

秋葉神社で1年間の大力山登山の安全に感謝して礼拝し
重くなった雪を蹴散らせながら最後の斜面を駆け下りた。

新たな記録かな・・・

雨が降ってくる前にと思い屋根に上がった。
数日前に降った雪が30cmほどだったがあまり溜めてからだと
投げ下ろした雪の処理が大変な事と雨が降ると雪が重くなって
スノーダンプの取り回しが余計な労力が必要になることもあって
12月中には初めての3回目の屋根の雪下ろしとなった。

下ろすのに30分、下ろした雪の処理に40分と
一日としては十分な肉体労働で晩酌のビールが旨くなることは
確実であるから日常的な作業でも良いかもしれない。

スノーダンプを修理に出したのが一昨年だったから
来年あたりには丈夫で軽いものを新たに買わないと
またまた壊れる恐れがある。
ステンレスの物は屋根に持ち込むには軽くて良いが
落とした雪の堅雪の処理には強度が心配なわけで、
そんな場合はスチール製の物を使うことにしている。

スコップは主にアルミ製の大型のものを使っているが
やはり堅雪を割るときにはスチールの重いのでガツンとやる。
スコップは全部で4本、スノーダンプは2台が
我が家の除雪道具であるけれども、スノーダンプは
チタン製がほしいな・・・・

K師匠逝く

公私共に人生の目標としていたK師匠が黄泉の国に旅立った。
この6月に「すい臓ガン」が発見されてから半年の闘病の後、
ついに帰らぬ人になってしまった。

自分よりも4歳年上であったが、その生き方は若い頃から
なにやら翁の風貌を備えた仙人のような人でもあった。
日本のコンピューター開発の聡明期をまっしぐらに進んできたが
基本ソフト開発の一線を退いてからは長くMACを使いこなしていた。
まだHTMLの本が出始めた頃にはすでにそのプロになっていたし
XMLの取組みも早かったから常にトレンドの先頭を歩んでいた。
最近は書籍の電子化に関して取り組んでいたが、
夢半ばで終わってしまったのが師匠にとっても無念だったろう。

12月16日・衆議院選挙の当日の早朝、入院中の病院で死去。
令夫人から知らせの電話をもらった時は車を運転中であったが、
車を停めて短い会話をしつつ嗚咽した。
11月に見舞ったときは抗がん剤の治療を終えたら退院して
書物や過去に書いたものを整理する話しをしていたが
「末期ガン」であることを認識しながらの自らのターミナルを
考えてのいろんな会話は夕闇の迫る会津城を見ながら長く続き、
後ろ髪を引かれる思いでの別れ際に握った手はまだ暖かかった。

通夜には出られなかったが告別式には早朝に降りしきる大雪の中、
喜多方に向かう、しかし高速では除雪車渋滞、はらはらしながらも
やはり3時間近く要してなんとか焼香時間に間に合った。
師匠と濃密な親交のあったお互いが在籍した会社の知り合いも
参列しており焼香の最中に目礼した。
「Kさんが呼んでくれたから30年ぶりに遭えましたね」
が共に仕事や山登りも一緒したI黒氏の言葉に妙に納得する。

岩登りの練習、沢登りの体験、厳冬期の三斗小屋温泉訪問
剱岳での猛吹雪などを一緒に体験できたことは、そのまま
今の自分の山登りのスタイルにすりこまれている。

また仕事では在宅勤務というコンピューター技術者としての生き方も
まさに師匠のコピーであったかもしれない。
宮沢賢治、ファーブル昆虫記・・・・等々
幅広い趣味と深い造詣が師匠のグローバルな生き方を物語っていた。

K師匠、いずれそちらの世界でまた会って今度はゆっくりと
いろんな話しをしましょう。
合掌

ラグビー・早明戦のことなど

ラグビーは秋から冬にかけてがシーズンになっていて
高校は花園に全国の競合が集まって肉弾戦を戦う。
最近の高校生は指導者が充実したせいかかなりハイレベルの試合を
してくれるのでスポーツ観戦としては満足。
かたや社会人は企業のサポート力の違いでかつての強豪が
クラブ・チームになったりしてこれも戦国時代さながらの混戦。
唯一大学ラグビーは強豪校がいい試合を続けている。

ラグビーは高校時代に体育の授業でやった経験しかないが
観戦経験は40年を超えているし、特に大学ラグビーは好きだ。
それにルールも野球やサッカーよりも詳しいと自負している。

高校野球がそうであるように大学ラグビーや駅伝も
昨今の有名校に才能のある選手が集まる傾向があるのは残念だが
関東では早稲田、慶応、明治さらに最近は帝京が強い。
結局は高校の優秀ラガーが有名校に集まるし、彼らも自身の才能を
試したいから有名校に参集するのだろうがレギュラーの席は決まっているから大会前のラグジャー授与式で涙を流す選手の気持ちは
ちびっこサッカーチームでレギューラーになるかどうかの親よりは
崇高なものがあるような気がする。

さて今年の早稲田・明治の対戦は100回記念として注目され
バックスの早稲田、「前へ」の明治がどんな試合をやるのか
わくわくして観ていたのだが監督4年目の明治・吉田氏は明治OBで
駿足ウィングとして社会人でも活躍した。
早稲田は監督が交代したばかりである。
野球でも早慶戦が有名であるがラグビーは早明戦もファンが多い。

さて前半は明治がリードして終わったが後半はさすがに早稲田は
強くあっさりと逆転して差を広げていったので
明治ファンの小生はイライラしていたが、インジャリータイム
ぎりぎりでも明治はゴールポスト前でのスクラムに拘って認定トライを勝ち取り、そしてラック・モールの末にゴールポスト真下にトライ、ゴール・キックも決まって1点差でオフサイドになった。

不意打ち降雪

こんな雪になるとは思わなんだ・・・・
土~月の3日間で降った雪が軽く1.5mを越えつつある。
テラスに置いたままのブルーベリーの鉢が完全に埋もれたし
畑に残っていたネギとセロリは来春まで冬眠か・・・・
カマキリ博士は当たりますね!
気象庁も最初は「暖冬」と云っていたけど変わりましたが、
このままだと例年並の積雪だろうけども、まさか12月の初旬に
これだけの降雪はね・・・・・

準備の出来ていない除雪隊は出遅れて道路は渋滞、
通勤時に車庫から出られない車は数しれず、
大変な爆弾低気圧だった。
そんな時に3件の山岳遭難事故、南アルプスでは2名の中年兄弟が
死亡、群馬の武尊山では20代の若者がヘリ出動で生還、越後駒ケ岳では携帯電話で連絡後に所属する山岳会メンバーから遭難救助要請が出たが中高年の3人が自力で下山。
いずれも急変した天候と未曾有の降雪量に行動が追いつかなかった事が原因だろうが週末登山の哀しさか中止する勇気がなかったのだろう。

今日の午後からは天候が回復する予報なので屋根に上がるか・・・

新雪を踏みしめて

朝から青空が見え始めたのでS氏に連絡をして大力山を目指す。
ふわふわした新雪が木々の枝に纏わりついて時折高い木の梢から
ばさばさと雪の塊が落ちてくる。
「ひえー冷たい」などと悲鳴をあげながら頭に降り注ぐ落雪に
久しぶりに味わう雪山との対峙だ。

登山口でR太郎氏の車を確認していたのでどこかで追いつくかと
真新しい踏み跡をトレースしながら眩しい登山道を歩く。
しなだれかかった雑木の枝をストックで払いながら歩くのは
この時期の風物詩で、雑木が倒れてしまうと歩きつらいので
その時期を避けて潅木が完全に埋没するのを待つのが恒例である。

休憩舎の「山ポスト」は高い場所に移されていて
先行したR太郎氏の書き込みも確認した、トレースが従走路に
延びていたので好天に誘われて彷徨い始めたなと想像。

暖かな陽射しを背中に浴びながら恒例の珈琲を頂き
早々に下山に取り掛かるが、濡れた枯葉の上に薄っすらと
積もった雪は滑りやすくストックでバランスをとりながら下る。

山頂付近に積もった雪が20cmほどで麓はすっかり溶けていた。
この差が4mを超える休憩舎付近の積雪を物語るわけで、
乾き始めた道路を汗ばんだ体をクールダウンしながら車に向かう。