月別アーカイブ: 2013年3月

きこりの一日

知人から「クルミ」の伐採を頼まれていた。
天気が良い日の雪が堅い頃にと思っていたが、
雑事が多くてついつい後回しにしていたので
理想的な条件ではないけれども今日の午前中に倒すことにした。
2本のつもりが根元で分かれていたので都合3本、
倒す方向を気にする必要が無いことは気が楽で
木が傾いている方向に受け口を作ってから反対側に
切れ目を入れたらギシギシとゆっくり倒れてくれる。
3本倒した正味の時間は15分ほどで、
枝の整理とコロ切りは後日にまわすことにして
とりあえず午前中にお作業は終了。
<<倒す前>>

<<倒した後>>

午後はケヤキのコロを運ぶのに荷物運搬用ソリを買いに
十日町の「スパー・ムサシ」へ、ついでにソーチェーンの
刃研ぎ用ヤスリや伐採道具を購入する。
帰ってきてからそのソリを使って倒木場所から道路脇まで
20往復ほどして運び出すのだが、根元付近のコロは
1個40KGほどで1回に1個しか運べない。
汗だくになって運んだが大きなものの3ケを残して時間切れ、
大きなのは再度半分にしないと運べそうにない。
なんともケヤキは大変な樹木である。
<<ケヤキのコロ>>

つかの間の晴れ間に大力山・・・

家人も登るというので何時もよりも1時間遅く家を出た、
駐車スペースにはよくお会いする熟女3人組のお二人が出発準備中。
ご一緒するつもりでスタートしたがお互いにペースが違う事を理由に
自由に登り始めて小生がトップを歩かせてもらった。
スパイク長靴はやや硬くなっている雪面を確実に捉えてギシギシと鳴る、
昨日の降雪が2、3センチほど薄っすらと積もっているし
前の踏み跡が融けた雪で半分ほど埋まっているから歩き辛いので
わざとトレースを外して歩いてみたら快適であった。
先行者が2人いるようで最後の急斜面でピッケルの射し跡と
改めてアイゼンを履いた痕跡にこれは県外者だなと思ったが、
いろんな雪質に慣れていないと安全策で10本爪のアイゼンを
履いただろうと思いながら登り切る。
<<すっかり屋根が露出した休憩舎>>

さて、休憩舎には誰もおらずに先行者のトレースが奥に向かって
いるから「クロハゲ」に登るのだろうと予測。
汗ばんだ体に太陽の柔らかな陽射しとほどよい風が気持ち良い。
ほどなくお二人と遅れた家人が到着、テルモスの珈琲と
干し柿、ドライフルーツなでど小休止。
熟女お二人は小生よりややご年配であることが判明、
いろんな世間話で30分ほど休んでから我等は下山することにした。
帰りは最盛期を過ぎたマンサクの花を愛でながら
早くも腐り始めた春の雪に踵に体重をかけて駆け下りた。
<<まさに満開のマンサクと残雪の山>>

多忙な雪解け時期

守門・大岳に登ってから2日間ほど筋肉痛が残った。
特に右足のアキレス腱切断跡付近が浮腫んでいる。
今年の雪山歩きで歩き始めに右足のヒザに違和感があったが
そのせいもあるのだろうか・・・
アキレス腱切断からはすでに20年近く過ぎているのに
切断部位の少し上部にできた血管のコブのようなものが運動後に
大きくなって目立つようになった。(少し心配・・・)

さてせっかくの晴天の日だというのに山歩きをせずに
午前中の短い時間に4ケ所の現場を廻って伐採を行った。
薪ストーブ・シンジケートのメンバーが4人集まって
てきぱきと作業を進めてゆくのだが、伐採役はリーダーの
N氏が倒す方向を定めてチェーンソーを入れると見事に
思い通りの方向に倒れて、その後の枝の処理やコロ切りを
残りのメンバーが行って絶妙なコンビネーション。
小生はケヤキの太い部分を貰いうける事にしたのだが
ケヤキは堅くてコロに切っても重くて大変・・・・
これで割れ辛く燃えにくいとなれば貰い手も少ないわけで
自宅に運んでからの作業を考えるとやや憂鬱だけれども
近隣で薪が調達できるのだからありがたく思わねば。

週末は関東から須原にスキーに来る友人達からお誘いがあったが
天候も悪いし、所用もあったので土曜日のスキーと夜の宴会は
不参加ということにして翌日曜の「須原スキー場」シ-ズン最終日
のゲレンデで滑ることにした。
午前中券を購入したのだが2時間ほど滑って引き上げた。
先回と違って塩を撒いているせいか妙に硬くて
あまりエッジを磨いていない慣れないカービングスキーでは
楽しんで滑れないせいもある。

雪解けが進んでくると春スキーを楽しんだり
樹木の伐採をしたりけっこう多忙である。

大岳訪問

大力山で知り合ってから山の情報交換などしていた
O氏から「大岳」登山へのお誘いを受けた。
今の時期に守門岳界隈に登るのは久しぶりであるが
天候も良さそうなので20日の早朝に出発ということで
大力山を一緒するS氏やR太郎氏にも声をかけて
R太郎氏のみが参加することになった。
早朝の5時集合は久しぶりのことであるが「目覚まし」
なしでも4時には起きることができ軽い朝食を終えた。
気温は予想よりもやや高くて雪の状態を懸念したが
足元はスパイク長靴とカンジキを持参、
拙宅の前でR太郎と合流、途中でO氏をピックアップして
6時前には二分の除雪終了点の駐車スペースを出発した。
夏道の二口登山道入り口経由の保久礼小屋までのコースとは
異なり、大平に向かう農道からすぐに潅木帯に入り
ダラダラと緩い斜面を歩くことになる。

<大岳遠望>
足元は少しばかり歩き辛く、気温も高いせいか汗が噴出した。
保久礼小屋には出発から約1時間半で到着、
水分補給中に駐車スペースで出発準備していた
単独の山スキーヤーがシールを着けたままの滑降音で
滑り込んできた。
ここからは彼が先行してシール登高の有効さを活かしたのか
若さと体力の差かついに最後まで追いつけなかった。
保久礼小屋からはブナ林の中をグイグイと標高をかせぎ
1時間ほどで潅木帯を抜けて広い雪原に出た。

風も無かったせいか寒さも感じない分、雪質は良くない。
消えかかった足跡を辿るのだがどうしても靴が沈む、
体重がかかるとさらに沈んで次のステップに移るタイミングが
ずれるので疲労がさらに進む。(筋肉痛になりました)
見上げるとたおやかな山頂付近が見えるのだが
なかなかそこまで近づかないところが不思議である。

<なだらかな広い山頂部>
クラフトした雪面が足元で煎餅を割るようなパリパリと
音を立てて割れてぶすぶす足が沈む。
先行したスキヤーの立てたスキーの頭が見えた場所が
最高地点であるようで、ブロックを積んだ退避スペースもあった。

<有名な東洋一の雪庇>

<山頂で眺望を楽しむ仲間>
黄砂のせいか360度の展望もキレはなくぼんやりとした
魚沼の山々と遠くは弥彦山なども霞んで見えた。
写真を撮ったりしたのちにたいした休憩もせずに
早々に山頂を後にする。
帰りはカンジキを付けて快適に下りはじめると
後続のグループが続々と登ってくる。

<この斜面を滑ったら気持ちいいだろうな・・・>
半分はスキーを履いた山スキーヤーであるが
全国的に有名になった「大岳」は山岳スキーの安全で
アプローチの短いゲレンデとして最近は特に訪問者が多い。
標高が下がると気温が上昇して雪が腐り始めたのが如実になり
カンジキを付けていても沈む。
埋もれたキビタキ小屋をGPSで検索するO氏、
ヤドリギの取り付いたブナの古木に感心するR太郎氏

<宿木がいっぱい宿ったブナ>
いろんな話しに花を咲かせて駐車スペースに到着。
無事に午前中の登山行動終了の予定を終えた。
お誘い頂いたOさんありがとうございました。

伐採シーズン始まる

降雪時期が終わる頃に樹木の伐採が始まる。
樹木が地中から水を吸い上げる前に伐採するのが主で
残雪があるときのほうが作業がやり易い事も雪国事情。
先週は「薪ストーブ・シンジケート」の「チェーン・ソー開き」と
称した宴会があって今年の薪集め計画を語った。
個人としては宅地内の「イチョウ」を1本と平場の「クルミ」
伐採を依頼されているので伐採計画を練らねばならない。
そんなところに或る時は大工、或る時はスキー教師、
そして伐採のプロであるK形氏が訪れた。
宅地内の桜、イチョウ、ヒマラヤスギ伐採を頼まれたので
薪材としていらないかと云う。
薪材として適材ではないけれども引き受けることにして
土日の2間、半日づつであるが伐採のお手伝いと薪運びをした。
天気は最高で大力山には大勢の人が登っているのが覗われるので
やや残念な気もしたが山はいつでも登れるし、
伐採時期は限られたスケジュールでやらねばならないので
何時もとは異なる労働に汗をかいた。
冬が終わるとすぐに次の冬の準備が始まるのが恒例で
煙突から煙が出ている横で丸太を積みあげている。

江戸の老舗・・・

最後のご奉公ということで15年ほどお世話になった
お客様のシステム移行作業の為に上京し
作業後の夜は横浜・桜木町の野毛の街にて慰労会をしていただいた。
最初のシステム構築時に資料整理等をお手伝い頂いた女性が
社内結婚してそのご主人が今の担当窓口であるので
その夜の慰労会に特別参加されて昔話に花が咲いて
実に楽しい時間を過ごすことが出来た。

さて翌日は須原の山小屋オーナーが集まって会食する予定があった。
オーナーの一人である現役をリタイヤしたH氏と秋葉原で
待ち合わせをしてから時間があったら一杯飲む予定であったが、
結局東京駅まで歩くことになって懐かしい神田や日本橋を巡った。
先日、火事になった藪蕎麦の建物を見たあとに
「竹むら」で揚げ饅頭を買ってアンコウの「いせ源」や
鳥鍋の「ぼたん」、蕎麦の「まつや」いずれもあの一角は
江戸の匂いが漂っており店から「池波正太郎」が出てきそうな
そんな風景であった。

あんこうの「いせ源」

とり「ぼたん」

そば「まつや」

うなぎ「菊川」

「竹むら」の揚げまんじゅう

さて会合は東京八重洲に新装なった地下街のイタリアン・バールで
ビルーやらワインを飲みながら、これも4人揃ったのは10年
ぶりになるとの話しが出て懐かしい時間を過ごした。

その後は八重洲に来たら顔を出さずにいられない
W兄いのお店「宮川」で美味しい「焼き鳥」を食べて
2夜連続の美食ツアーとなった。

やはり〆は「やきとり」

連日の春の訪れ

前日よりは透明度のない青空であるが贅沢はいえない。
午前中は雑事があるので出発は午後、
と云っても今日は須原スキー場で今期2回目の滑走。
1977年に買って愛用した「K2」のショートスキーと
4年ほど前に購入した古いカービングを持参した。
出かける前に湿雪用のワックスをアイロンで塗ったけども
どれほどの効果があるか・・・
午後のゲレンデは水分たっぷりで皆が滑るバーンはベタベタだ。

滑降前のストレッチで体の堅さや筋力の衰えを確認するも、
ただゲレンデを滑る分にはあまり影響はなかった。
前半はカービングでコンディションを確かめて後半は
昔の(購入から30年以上)スキーで滑ったけれども
昔のテクニックで滑る分には問題はないのだが
最新の高性能スキー板で滑ってみたい欲望にかられた。
2時間のスキー遊びを終えるころには太陽の周りに薄い雲のリングが
出始めていて天候の崩れを予想する。
暖かな陽射しを受けて至極の時間を過ごさせていただいた。

またまた晴れた大力山

思ったよりも早くガスが取れ、朝の雑事を終えてから
9:00過ぎに自宅を出た。
今日も最初から半袖Tシャツにフリースのベストのみ、
足元はカンジキとスノーシューを用意したが山頂までは
ツボ足で十分の雪室で快適な歩行だった。
駐車スペースで出会ったお2人よりも少しばかり先行してスタート、
すでに踏み跡が幾つか鮮明に残っていて昨日の雪で消された
今までのトレースも確実に再度インプレッションされており
久しぶりにタイムを計ったら40分で到着した。
休憩舎の前にはコバイモさんのご主人がスキーの準備をしていて
しばらく談笑していたら後続のお2人が到着。
皆さん同じグループのお仲間らしく情報交換をしていた。
小生は予定していた周回コースにむけてスノーシューを履き
水を一口飲んだだけで山頂を後にした。

「凍み渡り」とは云えないまでもまずまずの堅さで、
順調にアップダウンを繰り返すとあっという間に最後の
ピークに着いてしまった。
干しアンズを2個ばかり口にして小休止。
三山がキラキラと輝いていて素晴らしい眺めである。
今年は3度目の周回コースだけれども、雪山入門には最適なコースだ。
このコースも最近は訪問者が多くなった。

暖かな陽射しに誘われて・・・

天候が良くなることは朝のガスの濃さで解ったし
午前中は雑用が多くて登るならば午後かなと思っていた。
今日は最初から半袖のTシャツの上にベストを羽織ったが
すぐにシャツ1枚になってしまう。
用意したカンジキもザックにくくりつけてツボ足で登るが
途中で誰にも会わないで山頂に到着。

駐車場には数台の車があったのに不思議に思う・・・
(午後のせいだろうか)
さて山頂には大力山でよく出会うご婦人方が3人休憩中、
挨拶を交わして「休憩舎」から「山ノート」を持ち出す。
ご婦人方が下山してから数行の記録を記して
着替えを終えた後に下山にとりかかる。
駐車場で見かけた2人連れは結局登ってこなかったな、
さかんにカンジキの必要性を心配してたけども・・・・
急斜面の上から見たら先に下山したご婦人方とクロスした
単独の赤いシャツ姿が見えた(結局Kハムの奥方)

暑くも寒くもなく快適に下って2時間の運動を終えた。

霞しぼり

突然のお誘いの電話が夕方にあった。
3月2日、「ひな祭り」を翌日に控えた魚沼の里は
朝から断続的な降雪があって春はまだ遠く感じたのだが
先日、八重洲のお店でご馳走になった「W兄い」からの電話で
「緑川酒造」主催の「霞しぼり」を飲む会のチケットが1枚
余ったから参加しないかとの事。
数年前に1度参加して「苦い思い出」があった。
あまりの口当たりの良さで2次会で知人宅で前後不覚に陥って
醜態をさらして過去があるのだ・・・・
しばらく躊躇したが、プラチナ・チケットであるし
入手先の話を聞いて快諾した。
何時もの時間に晩酌を終えてから徒歩で会場に向かうと
すでに多くの参加者が会場前に集まっていた。
町内の重鎮も顔を揃えており、知り合いの顔も見えたが
自らの心中は「酒に飲まれぬ」ように緊張していた。
さて、挨拶の後に配られた「霞しぼり」はまさに
「春霞」の如く淡い色のボトルに入れられており
口当たりが爽快に喉をとおり過ぎてゆくのだ・・・

テーブルには色んなツマミが並ぶのだがやはり「蕪菜」に
箸がむいてしまう、やはり日本酒には「漬物」だ!
皆から勧められたがマイペースを守ってゆっくりと飲んだ、
恐らく3合くらいの量で終えたように思う。
最後はテーブルに飾られた桃の蕾が膨らんだ枝を数本と
フラワーバスケットを土産に淡雪の舞う中を自宅まで
そぞろ歩きで快い酔いをしみじみと味わった。
感謝!!