月別アーカイブ: 2013年12月

病み上がりの大力山

天気予報では午後からお日様マークが出ていた。
体調も戻ったし久しく大力山詣でをしていなかったので
昼食を食べてから出かけた。
何台か車が停まっているかなと思ったが皆無、
まだ完璧に青空が出ていないけれども湯沢方面は雲が取れている。
杉の梢から断続的に溜まった雪がシャワーのように落ちてくるが
秋葉神社までの我慢なので、ツボ足で首をすくめながら登る。
先行者の下ってきたスノーシューだけが最新のトレース、
とりあえずほとんど夏道に沿って踏み跡がついていた。
水道山との合流点でカンジキを履く、やはりこの辺から積雪量が増えるのだ。
舟窪の下、上とも左側の尾根伝いにトレースがあって
例年ほど雪が荒れていないからグイグイと登って行けた。
最後の急階段も夏道沿いに踏み跡があって難なく休憩舎へ、
先行者が残したノートのメッセージでは、本日のトレースは
北海道をご一緒したOさんらしい、「ありがとうございました」

ノート書き込みとお茶を一口飲み、写真を撮ってすぐに下る。
天気は良いのだが他の雑用が溜まっているし今日は火器を持参していないから
珈琲を淹れることもできない。
カメラをぶら下げてのんびりと下るが
青空は益々広がってとても年末の天気らしくない。
途中でキノコを発見、他の人も木の下で見た痕跡はあったが
採取するまでゆかなかったらしいので小生が頂く。
まだ凍った様子がないのでそれなりの味がする「ヒラタケ」
R太郎氏に言わせれば今が盛りなのかもしれない・・・・

恐らく今年最後の「大力山」詣でになっただろう。
元旦にはラッセル登山ができるのか・・・・

追伸
友人の依頼で米国のホワイトハウスのwebにコメントを
書き込んだら(けっこうチェックが厳しかったけど)
そのお礼にX’masのメールが届いた、いかにも米国だね。
そのメールにあったプレゼント用の動画がこれです。
“The (Gingerbread) White House”

漸く戻った体調・・・

連休前に拾ってしまった「風邪」に数日悩まされた。
熱はなかったが鼻水がダラダラと出て鼻呼吸があまりできず、
夜もほとんど眠れずに本ばかり読んでいた。
最後は「咳」が出て、数年前にやった呼吸困難状態が出る。
病院に行くかな・・・と思ったがなんとか自然治癒しそうで
現在は平常に戻りつつある。
急激な気温の変化にどうも弱いらしく、暖かい屋内と屋外で作業の
繰返しでクシャミが出ていたのが引き金だったのか、
持病の「気温アレルギー」の症状だと思っていたが間違いだった。
年齢相応に抵抗力が無くなったのだろうが、年に一度の恒例病かな・・・

おかげで買ったまま手をつけなかった中公文庫(上・中・下)
「西川一三」の「秘境・西域八年の潜行」を読み出した。
長い間、古本市場をワッチしていて入手した3冊組、同じ内容の(抄)・版を
買ったのが10年以上前でオリジナルは1990年発行。
内容は大東亜戦争の前に特務機関の養成所で蒙人のラマとして
中国西域からチベットやインドに潜入して8年ほど彷徨し戦後、帰国後にGHQでの
詳細報告後に同内容を執筆したもので、この夏に見た映画
「人類資金」を見た折にAmazonで
「M資金」に関する本を探して買い、戦中・戦後の混乱期に再び興味を覚えて
その延長線上で漸く「秘境・西域八年の潜行」のページを捲り始めたわけである。
沢木耕太郎の「深夜特急」以上の
最高のノンフクションであると思っている。

ついに根雪か・・・

先週末から降り続いた雪が自宅裏で50cmほど積もった。
まだ湿った雪なので道路は融けてしまうことがあるが
里山の雪はこれで根雪になるだろう。
薪ストーブの燃え方が外気との温度差のせいか勢いが出ていると
感じるのは気のせいなのだろうか?
外が暖かい時には燃え方がチロチロとした炎であるが
気温が低いときは同じ吸気状態で炎の火力が強いようで薪の消耗が激しい。

一日に数回の除雪作業の他はひたすらと読書、
それから使わなくなったノートPCにサーバーを構築準備。
最初は一般的なLinuxをインストールしたのだが使い勝手が不得手で
知人に相談したらFedoraを勧められてぼつぼつと始める。
長い間Windoes系を触ってきたのでLinux系は初心者であり戸惑いがあるが
長い冬の作業としては絶好の時間つぶしになるか・・・・

長い冬の作業といえば昔ならば「藁細工」があるが
最近は藁の確保ができない為に「草履」や「鍋敷き」の練習も中止したまま、
それでも昨年は荷造り用PPテープを使った籠造りの最も難しい
取っ手部分をかなり練習したので、今年はいよいい本体部分を作って
普段使っている買い物籠のバックアップ用を仕上げるつもりである。
普段使っているPPテープ籠は今は亡き「S婆さん」から頂いた
「形見」のようなもので、大切に使っているがだいぶくたびれてきた。
作り方を教わったて幾つか作ってみたが完璧なものはまだ出来ない、
PPテープも手芸用として売っているので購入したから
この冬は再度チャレンジしてみよう。

降ってきました、白いものが・・・

昨日の雷はやはり「雪降ろし」の雷だったのですね、
一日中、小雨が続いていたのに突然の雷と豪雨、
そして夕方にはまた小降りになったので徒歩で街に出かけた。
図書館で「山渓」12月号を読んで時間調整後に約束の店へ・・・

今年の夏に「剱岳」の早月尾根を日帰り往復をしたmbさんに
無理なお願いをして一杯の飲みながらお話しを聴く会である。
彼とは大力山の積雪期にスライドした記憶があって
ちょくちょくブログをワッチしていたので書き込みをして
メールをもらい2人だけのオフ会を計画した。

予想通り、日頃からトレランやジョギングで鍛えているせいか
スレンダーな方であり、いろんな話しを聴けた。
標高差2200mの岩の殿堂、「剱岳」を往復する為の条件は厳しい。
小屋はあるが水は保証されないので自分で持ち上げるしかなく、
ほとんどが登り調子の尾根歩きで疲労度は真夏の気温で加算される。
日の長い夏でないと明るいうちの日帰りは無理そうで、
気温と日の長さの按配がポイントとなりそう・・・・
果たして来年、登れるかな?

mbさんありがとうございました。
美味しい酒を飲みながら楽しい話を聴けました。
近々、雪の大力山をご一緒しましょう。

思わぬ晴れ間に・・・・

霧に覆われた魚沼の里に陽射しが差し込み始めたので
冬の準備をしていた作業を中断して大力山に向かうことを思いつき
珈琲を淹れてサンドウィッチを用意する。
そそくさとザックに着替えやお昼のために準備したものを詰め込んで
出かけたが駐車場にはまだ車は1台もない、
歩き始めたらすぐに正午の時報が聞こえた。

長靴で登ったのでやや足元がおぼつかないが
当分の間は長靴での山歩きが続く日が多くなる。
長袖一枚の上半身でも汗ばんで、しまいには額から
ポタポタと汗が流れ落ちるほどの気温になってきた。
木々の葉はすっかり落ちて見通しが良く
目に付くのはナナカマドの赤い実だけ、
先日降った雪が日陰に少しだけ残っている。


休憩舎についてすぐに着替えてジャンパーを着込むとやや遅い昼食にした。
「晴耕雨読」ではなく「晴登雨読」を実践している昨今、
読書の時間が多すぎてやや運動不足だったので晴れの日は嬉しい。
いずれは根雪が降り始めてある程度雪が締まるまでは低い潅木が
登山道に倒れこんで歩きつらいから大力山詣ではおっくうになる。

山ノートに書き込んでから下山を開始、
天気が良いから誰か登ってくるかなと思っていたら
町内の先達、O氏ご夫妻とスライド、積雪期の大力山でよく出会うが
この時期に逢うのは久しぶりでしばし立ち話。
やがてプラ階段あたりで3名のご婦人方とスライド
なにやらキョロキョロと立ち木の上を見ていたから
キノコ探しの人たちか・・・・
残念でした、足元のナメコは頂きました。

あと何度、年内に登れるかな・・・・

冬の保存食

晩秋や初冬の収穫を真冬に頂く保存食は
冬の流通が現在ほど便利でなかった頃にはどこの家庭でも
多くの種類が作られて冬中食べられていた。
小生もこの魚沼に移り住んでからチャレンジすることが多くなった。
まずは「大根」、畑をやっておられる方からずいぶん頂くが
そのほとんどをビニール袋に入れて倉庫に保存しておき、概ね
煮物や大根おろしの材料になってしまう。

また沢庵用はやや細身のものを購入するのだが、
最近は漬物用として栽培するする人が居なくなったのか
市場に出なくなったとの店主の発言、
薪ストーブの上で2週間ほど干してから漬け込むのだが
今年は柿の皮が豊富なので沢山入れてみた。
松前漬け用に「割り干し」もダイコンを縦に4分割裁断して
やはり干し上げておくのが恒例。

蕪菜(所謂、野沢菜)は一抱えもある束を買って
まず、しんなりとさせる為に荒漬け、
数日で水が上がったら取り出してよく水洗いする。
本漬け用の調味料が売っているが、
小生はあくまでも煮干出汁に醤油を加えたもので漬け込むのが
この数年の自己流レシピ。

冷凍保存できるものはキノコの「ナメコ」と「アマンダレ」
一回分づつ一度湯がいてからビニール袋に入れて冷凍するが
使うときにそのまま「鍋」に入れることができるので
塩漬けにしたものに比べると楽でいい。
ギンナンも今年は沢山戴いたのでまずはペンチで殻を割り
薄皮はぬるま湯に晒してから剥いて塩茹でにすると
所謂、翡翠色の鮮やかな碧色になるのでこれは大きな袋に
入れておいて使うたびに適量取り出して使う。

飽食の時代、スーパーは365日休みなしで営業し
コンビニは24時間開いているから昔のように保存食は
必要でないかもしれないが、食材をムダにしない意味では
沢山採れた食材は適した方法で保存して再復活させる
ロハスを意識した生活スタイルは魚沼の住民は得意だったのだが
食生活の変化や伝承されないレシピで廃れてゆくのだろうか。