月別アーカイブ: 2014年12月

皆様良いお年を・・・

この冬は信頼性が下降気味な「気象庁」予報が年始からの
大雪を喧伝していて雪が降ってくる前に準備を重ねていたら
なんと年末の2日は霙か雨が降る不可思議な天気。
こんな時にとチョロチョロとしか流れていない水路脇の
雪を溶かしておこうと少しばかりの労働、
さあこれで2mくらいの降雪には対応できるぞ!
そうしたら大晦日の今日は太陽が顔を出す予想も出ている・・・・

我が家のささやかな正月料理の準備はほぼ完了していて
午後からは小生は「昆布巻」、家人は「のっぺ汁」を作って終わりである。
あとは早めに風呂に入って新潟県の年とり料理である「鮭」や「松前漬け」など
を食べながら一杯飲むだけである。
最近は某NHKの「紅白歌合戦」などはほとんど興味を失ってしまったから
年越し蕎麦を食べるまで時間つぶしが難しいのだが
翌日の元旦登山は今のところ体調も良いので多少の降雪くらいでは
ラッセル覚悟で果敢に「大力山」に登るつもりであるから早めに就寝せねば・・・

年末の「アベノミクス選挙」は予想どおりの結果で終わり
3本目の矢がどんな風に放たれるのか、
(いや既に放たれているが軌道が見えないだけか?)、
矢が途中で曲がったり、失速もせず
予定の距離を飛んでくれるのかを見守りつつも
中国経済の暗雲、原油価格を巡るオペックと米国のチキン・レース、
ロシア・ルーブルの不安定さ、ギリシャの再度の経済破たんの恐れなど
世界レベルで予断を許さぬ経済危機が迫っている現実を注視したい。
皆様におかれても来年も良い年であることを祈念いたします。

須原の降雪は多いな

先週の連休に神奈川に住むN島氏と一緒に須原の小屋の
雪下しをしたばかりだったが、
彼が帰京する時に「もう70cmほど積もりました」と云っていた。
その時点で小出地区は30cmほどで、その後は40cm加わって
小出で70cmだったから自宅の屋根に登ったわけであるが
ニュースでは年末年始がまた大雪になると言っているし
少々心配で天気も良いことだから年内にもう一度下ろすかと思い須原に向かう。

また屋根の雪は1mを超えた


下から見る限りでは先週と同じくらいの屋根の雪、
うんざりとしながら屋根に登って作業を開始していたら
積雪の断面が1週間の積雪状況を見事に表している痕跡を観察できた。
乾雪、湿雪、霙、乾雪とそれぞれの層が目視できるほど積もっていて
スノーダンプを差し込むと層毎に分離して崩れてくる。
これが全層雪崩の原理と同じなんだなと感心しつつ
約1時間の格闘の後に作業を終えた。

層の断面

スキー場からは「レリゴー・・・」なる「雪アナ」メロディーが
何度も流れていてのどかな休日の晴れ間であるが
1日2回の雪作業は高齢者には少々きついものがあるかな、
今日のビールは旨いぞ。

病み上がりトレーニング

術後2Wであるが治療スケジュール表によると
明日から「スポーツジム」は可になっており
「軽いジョギング」のカテゴリーはすでにクリアしているから
1日早いフライングで雪山歩きをしてしまった。

魚沼はー10度を下回ったという話を聞いたが
放射冷却の朝、八海山が光輝く姿をみながら
体はそれほどの冷気を感じぜずに登山口に向かう。
どんなラッセルになるかなと心配していたが
果たして駐車場にはO嶋さんが丁度用意をしているところに
小生が滑り込みセーフといった感じで到着。

小生はカンジキ、彼はスノーシューで歩き始めたが
恐らく昨日のトレースであろうか、明確な踏跡が着いていて
林間は雪面も堅く快調に神社まで歩くと体が温まってくる。
マイナスの気温でさすがにグローブ内の指先は痺れるほどだが、
足元は保温性の高いインナーに新調したミツウマの長靴だし
ウェアは雪山対応なので寒さは感じない。

山頂部から陽が昇る

快調に歩く先行のO嶋氏

先行するO嶋氏の上げる雪煙がダイヤモンドダストのように
キラキラと舞い上がり気温の低さをまざまざと感じる。
多少の違和感を覚えつつも歩みは普通であるから
右足の術後ケアはこれで順調ということだろう。
なんとか元旦登山に間に合ったか・・・・
無風の休憩舎前でしばし寛いだのちに須原の雪下ろしが待っている
小生は早々に下山を開始する。
途中で数人の登山者とクロス、その中に「お気楽、魚沼人」氏を見つけ
しばし談笑を交わす。
登山口に降り立ったらR太郎氏がやや遅いスタートで向かうのに会った。
貴重な晴れ間と今年最後になる大力山を満喫して帰宅した。

冷え込んだ魚沼の里を望む

屋根の雪下ろし考

先日の「天皇誕生日」に於ける陛下のお言葉がニュースに流れた。
「私自身高齢になって転びやすくなっていることを感じているものですから,
高齢者の屋根の雪下ろしはいつも心配しています。
高齢者の屋根の上での作業などに配慮が行き届き,
高齢者が雪の多い地域でも安全に住めるような道が開けることを
願ってやみません」
(ニュースから転用)

大雪が降る度にニュースで繰り返される事故から
心配されてのお言葉と思うが行政が行う空虚な注意喚起に比べて
なんと暖かいお言葉であろうか。
亡き父が幾度も皇居に「労働奉仕」で足を運んで昭和天皇から
お声をかけられて喜んでいた事が思い出される。
桐の箱に入った「恩賜の煙草」が幾箱も神棚にあがっていて
事あるごとに宮城方向に向かって頭を垂れていた父であった。
そんな昭和、平成の天皇が民を思う姿勢に国粋主義者でなくとも
ほっとする一日であった。

さて翌日のクリスマス・イブの日は気温が少し上がって
年末に再び大雪がふるかもしれないとの予報に重い腰を上げた。
術後1週間を過ぎて少なくとも鈍痛はなくなったし
違和感も忘れているほどだから軽装で屋根に登る。
FIXしたロープにループを二つ作ってそれぞれに平テープの
リングを通しておくのが普段のビレイ方法。
(中間は短い部分のループ、庇付近は長い部分に作ったループを使う)
旧いロッククライミング用のボディ・ハーネスを改造し
上部と脚をサポートする部分をカットして腰だけのベルトにしてあるが
スリップして滑っても屋根の庇ギリギリで停まる長さに
調整してあるので宙ずりになることはない(今まで滑ってもいないが)

湿雪と霙で重くなった雪が50cmほど積もっていたが
1昨年新調した軽い「スノーダンプ」はさすがに切れ味が良くて
ザクザクと雪の塊を落としてゆく。
湯沢方面には青空が見えて太陽の姿もたまに見えたりする穏やかな日、
1時間ほどで下ろした雪の処理まで終えると汗びっしょりになった。
12月中に3度も屋根に上がったのは久しぶりで、
このまま治まってくれれば良い正月を迎えられるのだが
北極圏から吹き出してくる寒気は周期的に呼吸しているように
日本列島を南下してくるから油断は禁物である。
寒さと雪質に応じて作業用のグローブを4種類用意してあり、
1回の作業でかなり濡れて薪ストーブの周りに干すのだが
2時間に1回の除雪作業が続くと着衣やグローブの交換が著しい。
体の使い方も激しく大力山登山よりも汗をかくのかもしれない

術後の除雪作業

月曜日の高速バスは30分遅れで小出を出発、
恒例の除雪車が先導する形でノロノロ運転が続き
関越トンネルで解放されるまではストレスがたまった。
結果的に新宿にある血管専門医に着いたのが指定された時間の
10分前で当初1時間の余裕を見ていた移動時間はどうやら
ギリギリセーフだった。

さて、「下肢静脈瑠」の手術であるが
10年ほど前から右足の脹脛に妙なコブが現われて
最近は登山の後などにそのコブが大きくなってきた。
ネットで調べたら立派な「下肢静脈瑠」であることが判明、
1ケ月ほど前に初診を受けて手術のスケジュールを決定したが
まさかこんな豪雪のなかでのタイト・スケジュールになるなんて・・・

最近の医院は患者は「お客様」のようで
看護師の対応といい、手術前の説明といい丁寧で驚いた。
全体で1時間にも満たない間に術前準備、手術、術後のケアがある。
一応、ひざ下の手術なのだがパンツ一枚でガウンを羽織るのみ、
レーザー管を入れる血管のマーキングを終え
手術台にうつぶせになって患部の消毒や下肢全体を
ガーゼのようなもので覆われて患部のみをハサミで露出。
左手に点滴で抗生薬と麻酔薬を注入してから患部にも部分麻酔の注射、
医師の声と看護師数名の声、心電図の電子音がアイマスクをされて
聴覚だけが敏感になった耳に聞こえる。

「ハイ○○さん手術は終わりましたよ」ボーとしている小生に声が掛けられ
点滴を抜いて患部に包帯を巻きすぐにケアルームに歩いて移動。
しばらく休んで着替えると解放された。
翌日の検査が終われば3ケ月以内の最終検査で総てが終わりとなる
実にあっけない「下肢静脈瑠」手術である。
(翌日の検査ではエコーで静脈の逆流もなく、レーザー手術の痕跡も良好)
魚沼に帰ってきた翌日(本日)は大豪雪が待っていて2時間に1回の
除雪作業で毎回20cmほどの新たに積もった雪を処理した。
右の脹脛はやはり違和感があって鈍痛もあるが「生活運動」はOKとのことで
自分の体をだましながら格闘している。
もう雪はうんざりです、12月はこれで終わりにしてほしい・・・・

なんだこの雪は・・・

土曜日から降り続いた雪は一度も止まずに月曜を迎え
今朝(月)もまだ降っている。
選挙の翌日は朝刊は遅れることになっているので
朝刊を読んでからの起床は予定変更して
4時には起きてベランダ、車庫前の雪かきを終えたら
零下のなかでびっしょりと汗をかいた。
昨日は午後に屋根に上がって庇の部分を落としておいて
(約1mの積雪)良かった。
再び一晩で70cmは積もっているから作戦は成功、
良くない天気予報は当たっているから悔しい。

雪かきを終えてまずはパソコンで高速道路の道路状況をチェックする。
関越道の除雪体制は優秀だからこれくらいの雪ではよもや
閉鎖されることはないと思うのだが・・・
お昼近くのバスで上京してその足で手術だから
高速道路の状況が悪かったら新幹線に切り替えるしかないのだが
昨日は珍しく上越新幹線も降雪による停電で6時間も遅れたので
いずれにしても誠にタイミングの悪い手術日である。

事実上のカレンダーと昨今の気象カレンダーは1ケ月ほど
ずれていて前倒しになっているような気がする。

思わぬ大雪の後は・・・

「暖冬小雪」の予報をすっかり信じていて
心の準備が整っていない間にみるみる積雪が増えて
テラスの除雪を2回もやってしまった先週だったが
その後は晴れたり雨が降ったりして
かなり雪が溶けてしまって安心していたら
今週末から再びの冬型予報が出ていて少しばかり憂鬱である。

来週の月曜に上京して「下肢静脈瑠」の手術をする予定で
2日ほど家に居ないのだが、そんな時に限って
大雪になる過去の実績が3回ほどあっったわけで
雪国出身でない家人が大変な思いで除雪作業をした事があった。
除雪作業が人力であること、それなりに技術も
体力も必要だから先日の四国や昨年の山梨などの
降雪時の作業風景を見ているとスコップとスノーダンプ持参で
かけつけてあげたい気持ちが湧いてくる。

さて、昨日は須原の小屋の地主から冬の準備を終えていない事の
心配の電話で屋根の雪を一度下ろしたほうが良いとのアドバイス。
天気も良かったので今年初めての「雪下し」は須原デビュー、
それでも1m以下の雪は小一時間で終わってしまったが
体重が1Kほど落ちるほど大量の汗を流すことになって
山を登らない昨今では貴重な運動になる。

心配された塗装後の屋根は滑るとの現実を体験、
削りすぎた場所で2回ほど滑って転んだ。
雪止めがあるし、ザイルでビレイをとってあるから
それほど焦りはしなかったけども、やはり怖いものである。
自宅の屋根にはまだFIXロープを張っていないから
今度晴れたらやろうかな思っているのだが天気予報は
雪マークが1週間ほど連続している。
エルニーニョの影響で雪は少ないはずなのに・・・

不思議な天気

昨日から気圧配置と天気図は典型的な冬型で
ニュースでは北陸から北海道まで日本海側は「大雪」の予報が出ていたが
ここ魚沼では太陽が出ていて今日も午前中は降雨や降雪の兆しはない。

朝食を終えて大力山を見ていたら登ってこようかなと
そんな気を起させるような青空が見えて日の光が差し込んでいる。
そそくさとザックにカメラとレジ袋、テルモスを放り込んで
普段着に長靴で車に乗った。

数か所のポイントを巡って少しばかりのナメコとヒラタケを採取、
下の舟窪あたりで人影を後方に見かけたがペースを落とさずに歩いた。
足元には霜が降りた形跡は見受けられたが気温の低さは感じぜずに
額から汗がしたたるほど体温があがってきている。

休憩舎で休んでいると今夏に市が開催した「木曾駒・登山」でご一緒した
S氏が登ってきた(後方の人影は彼だったのだ)。
しばらく情報交換して(寡黙な彼としては珍しく饒舌)
「黒禿」まで足を延ばすという彼を見送った後に小生も下山した。

長岡方面の山には降雪中の様子が窺われて雪雲が広がっているが
魚沼から湯沢方面にかけては青空が広がって柔らかな陽が差し込んでいる。
まことに不可思議な天気である。
なんか徳をしたような気がして、すっかり葉が落ちた登山道をトボトボと下る。

数本残っていた紅葉の枝

霜が降りた休憩舎前