月別アーカイブ: 2015年7月

珍しい野菜を喰らう

甲州・信州の山遠征の折に入手した野菜を調理した。
昨年もそうだったけれども魚沼から信州に向かうには「飯山IC」を
利用することが多く、ICの近くにある「道の駅・豊田」という
お気に入りの「地場産野菜・果物」を売っている店があるのだが
往路では「ネクタリン」「プラム」を買って山中でのデザートにした。
ついでに買ったのが「フルーツ・かぼちゃ」で「坊ちゃん南瓜」に形が似ているが
皮ごと生食できるのが特徴でネットで調べたらまだ日本には栽培しているところが
少ないとのことで黄色で同じ種類「コリンキー」よりも名前どおりフルーティで旨かった。
自宅で出来はじめたミニトマト、ブロッコーリー、インゲンなどと混載して
塩・胡椒・オリーブオイルで頂いたのだが癖になりそう。
(1個しか買ってこなかったのが残念)

フルーツかぼちゃ

コリンキー

翌日は近くのJA主体の地物野菜専門店で「コリンキー」を買って
生食してみたがやはりこれは火を通したほうが好みかな・・・
「ズッキーニ」と云い最近は西洋野菜が市場に出回っていて
食べ方も多彩なのでワインを好んで飲む小生としては
レシピが増えることは誠に喜ばしいことである。

そういえば「ズッキーニ」はナスの仲間だと思っていたら南瓜の一種だとか
(確かに株は茄子に近いけど花は黄色だ、しかし最近は丸いズッキーも見た)
ふーむ奥が深そうだな。
いずれにしても茄子、トマト、ズッキーニはニンニク&オリーブオイルとの
相性は抜群だから夏のお楽しみだ。

いざ蓼科山へ

テントの中は想像以上に温かくてシュラフのファスナー半開、
3時半ころから隣のS氏のテントからは起きだした気配が・・・
それから1時間ほどは寝返りをうちながら明るくなるのを待つ。
テントから這い出して、まずはテント撤収を始めたが
シングルウォールのテントの内側には軽い結露が見られた。
ベンチレーター全開だったのに人間の体からの発熱に驚く、
その割に夜半に降った雨の残滓がフライに残っていなかったのは不思議。
天幕撤収の間に湯を沸かして軽い朝食の準備をしておき
各自、適宜に熱い珈琲で朝食を詰め込んだ。
昨日の「編笠山」で疲労困憊だったN島氏は本日の「蓼科山」には登らずに
帰るということなのでここで別れることにする。

ビーナスライン「女乃神茶屋」前にある登山口

キャンプ場から登山口のある「すずらん峠」まではほんの一走りで、
7時前には満車に近くなった駐車場に車を停めて出発準備が整った。
残念なことにGPS端末を昨日OFFするのを忘れてバッテリーオーバー、
気をとりなおしてクマザサが密生する登山口をスタート。
まずは淡々と朝露に濡れた熊笹の葉に足元を撫でられながら歩き始める。
最初はコナラの林を快適に歩いているとやがてシラビソに植生が変わる、
気が付かないうちに2113m地点に到着してしまった。
今日も体調は順調らしく疲労感はほとんど無い。

雪の影響が少ないダケカンバはこんなに広く幹を広げる

しばらく平坦な道を辿ったのちは昨日の「編笠」同様
大きな石がゴロゴロする急斜面が始まった。
そこここに休憩している先行者をパスし、すでに降りてくる人達とも
スライドしていると老若男女がカラフルな容姿で
シーズンインの夏山登山を楽しんでいることを感じ
漸く有名な山を登っているという感じがしてくる。

針葉樹の新芽が放つ芳香に精神が覚醒され、肉体が躍動するのが
急斜面を登りながら体中にひろがってくる。
森林限界を超えたあたりでさらに大きな石が積み重なった斜面が広がり
今までの急斜面の直登からやや右にコースが
振られると山頂ヒュッテが近くなったと感じ、すぐに屋根が見えてきた。
山頂ヒュッテから少し登ったところが広い荒涼とした山頂部であるが
昨日に続き山頂直下でS氏はスピードアップしてすでに寛いでいた。

八ツ岳主峰が良く見えた


荒涼とした山頂部

風が強いので記念写真を撮ってすぐに山頂ヒュッテまで下る。
有料の休憩ベンチはS氏が山バッチを購入したことで無料となり、
珈琲を沸かしてブランチとする。
ここは将軍平から登ってくる合流点になっていて圧倒的に多くの人が
比較的に楽なそのコースを利用して登ってくるようだ。
またテント泊の装備で登ってくる人は横岳方面への縦走だろうか・・
下山後に早めに帰宅する予定であった我らは早々に下山にかかる。
乾いた大きな岩がゴロゴロした山頂直下の危険個所を慎重且つ大胆に
ひょいひょいと飛ぶように渡って森林帯に向かう。
花の種類が少ない登山道はそのぶん苔むした石が至る所に見られ
いかにも雨が多く針葉樹の養分が少ない環境がそれを物語っていた。

魚沼では見られない種類の苔が至る所に・・・


すずらん峠を下ってから振り返った蓼科山

初日で利用した「すずらんの湯」で汗を流し、遅めの昼食を食べた後に
車は標高を下げ、車外温度が上昇するのを恨めしく思いながら
灼熱の魚沼の里に戻った。

八ケ岳の最南端「編笠山」

4時には窓から薄日が差し込んできており何時もの起床時間となった。
皆も次第に起き出して今日の登山用のザックを整え始める。
白樺高原の朝は涼しく、散策やジョギングを楽しむ人達が動き回る頃に
我々は「網笠山」の登山口である「小淵沢IC」に向かって出発した。
7:30の集合時間には十分間に合う余裕で待ち合わせのコンビニ駐車場で
ゆっくりと個々の朝食を済ませて昼食を買ったりする。
それにしてもICに近いこのコンビニに来る登山客の多いこと・・
やや集合時間に遅れて到着した2台の車を加えて「観音平」に向かう。
昨日ご一緒した先達の娘夫婦、やはり須原で残雪歩きをした青年、そして
新たに今回同行することになった若者2名と総勢9名の大メンバーだ。
観音平登山口駐車場が近くなったら路駐している車が列をなしているのに驚き
何時になく遅い出発となったことを悔やんだが運よく臨時に設けられた
奥の駐車場にスペースを見つけてなんとか4台の車を停車できた事を喜んだ。

かなり背の高い木に咲いていたシャクナゲ

アモイの石像と命名した途中の岩くれ

雲海から見えた富士山

さて体力、気力も充実している久しぶりの八ケ岳エリアの登山である。
「網笠山」は遠くから見ると武士が被っていた「編み笠」の形に
似ていることから命名されているらしい。
一本道だし体力にあった歩行をすべく各個フリーで歩き始める。
最初はシラビソと広葉樹が混生する樹林帯を歩くのだが、
やがてこの地域の山独特の大きな石がランダムに散らばった急斜面が現れる。
最初のポイント「雲海」には30分ほどで着いてしまい、
少しばかり開けた眺望を楽しんでそのまま休憩せずに先を急ぐ。
1時間少し過ぎたあたりで水分補給の休憩としたが不思議と疲労感はない。
思った以上に空気も冷ややかで汗もかいていないからかもしれない。
森林限界を超えたあたりから大きな石が急斜面に張り付いた道になって
山頂が近いことを伺わせられた。
最後はS氏が何時ものようにスピード゙を上げて2時間を切る挑戦をしたようだが
2時間弱の好タイムで山頂到着とのこと、小生は数分遅れで大勢の人達の寛ぐ山頂部到着。

山頂部から権現岳を遠望

後続するメンバーとは相当時間差がると思われるので
昼食を済ませることにして湯を沸かし、カップ麺とお握りなどを食べる。
さらにデザートの果物を楽しみ、恒例の珈琲を飲み終えた頃に漸く後続が到着した。
その頃には、いつの間にか背にしていた「権現岳」がガスに隠れ、
見えていた富士山も見えなくなった。
正午に近くなると山は急激にガスが沸いてきて天候が変化するのが常識、
一足先に下山することにして後続部隊と別れの握手を交わして(彼らは日帰り)
駆けるように下山を開始したら案の定、途中でポツポツと雨が当たり始め
やがて一面にガスに覆われて雨粒も大きくなった。
やむを得ず雨具を身につけザック・カバーをして歩き続ける。

最初に休憩したあたりで雨脚が弱まり雨具とザックカバーを外して歩いた。
雨具を着ているとやはり蒸れて暑いから脱いだら風が快い。
登りに比べたら下りの時間が短縮できなかったのは雨で塗れた石の上が
滑りそうで気をつけて歩いたせいかもしれない。
駐車場に到着する頃は青空も見え始めて日差しが痛いほどだ。

道の駅に併設された温泉で汗を流し、途中のコンビニで今夜の食料を調達、
ネットで探したキャンプ場へ向かった。
明日登る「蓼科山」になるべく近い場所で選んだ「白林台キャンプ場」
混雑を心配していたが先客の一張り(ファミリーキャンパー)、
あとは我等の後に到着したライダーのソロテントが2張り、
我等は一応3張りのテントを設営してN島氏の到着を待った。

小生とS氏は共に今シーズンにモンベルのテントを購入したので
お互いにそのテントの初使用が今回の山行なわけで山中でなく
キャンプ場であることはテスト試行としてはまあ穏当な判断だろう。
小生は昨年、超コンパクトのテントを入手したのだが晩秋の山中で苦労した。
メッシュの内側とフライシートの造りが夏山むけなのか
2000mを超えた標高では寒さがきつくて快適な夜を過ごせなかったのだ。
昨今はシングルウォール(つまり1枚の布)テントは少なく、
メッシュの内張りの上にフライシートが標準でセットになっている
スタイルのダブルウォールが主流になっているらしい。

さて今回はシングルウォールの軽量タイプを買った。(これはビバーク用らしい)
1kgを切った軽さが魅力だったし、条件の良い山でしか使用しないのだから・・・
遅れて到着するN島氏用には30年以上前に入手した
「カマボコ型テント」を久しぶりに復活させた。
東京は神田の「細野テント」が当時開発した軽量テント(1.4k)だったが
今では相当時代遅れの形だけれどもまだまだ雨露を凌ぐことは可能だ。
広い草原のフリーエリアに3張りのテントを並べて張り終えて
待ちに待った「ビールタイム」、ヤブ蚊やブヨに刺されていたら
隣のテントの子供たちが花火を始めたのでその硝煙が蚊よけになる。
子供たちにもっとこちらのテントの周りでやってとお願いしたら
蚊取り線香の差し入れがあった。(感謝!!)

ビールをかなり飲んだ頃にN島氏が到着し、
彼の持参した大型のフライシートを設営してさらに宴会が続けられた。
大型のランタン、ダブル火口のコンロ、オートキャンプを志向した
彼らしい装備を久しぶりに見た。

さて、明日も早いスタートだ早めに就寝。

テント群

闇に浮かぶ小生のテント

懐かしの白樺湖・霧ヶ峰

神奈川に住むN島氏からお誘いがあって
「海の記念日」の3連休に「八ケ岳」の外れにある「編笠山」に
出かける予定を組んでいたのだが、台風11号の影響を気にしながら
連休直前まで山行の決行・中止の判断を迷っていた。
台風11号は見事に連休初日の関東甲信越を傘マークにしていたものの
翌日からは好天の兆しがあったので初日は移動日として出かけることにした。

この魚沼から遠くの山梨県まで足を延ばすのだから他の山にも登るべしと
考えていたわけで、多少の悪天候でも行ってみようと思っていたのが
隣の県にある「美ヶ原」か「霧ヶ峰」である。
悩んだ末に時間の都合で「霧ヶ峰」をターゲットにすることにした。
このところ遠征に同行する機会の多いS氏の愛車でまずは白樺湖まで走り
天候の回復を待ってみたのだが好転しないまま、まずは様子見ということで
ビーナスラインを霧が峰方面へと向かった。
白樺湖は曇りでも、少し標高を上げいくつかの小高い丘陵を超えると
そこにはもくもくと霧が湧き上がる霧ヶ峰であった。
道路脇には「キスゲ・ウィーク」の看板が目立ち、
いかにも「キスゲ」が咲き誇る高原のイメージをもりあげている。

目的の駐車場に到着すると雨が強風とともに襲ってきて、
とても散策をする勇気もでないほどの悪天候。
しばらく車の中で待機してたのだが諦めて、
再度白樺湖に戻り神奈川から来るN島氏を待つことにする。
やがて彼が到着する頃には薄日が差してきて、
「霧が峰散策」を提案すると同意してくれたので2台の車で再び駐車場へ向かう。
果たして雨は止んで、たおやかな草原が薄い霧がかかっている
いかにも「霧が峰・高原」の一角に立ちつくすも
駐車場から徒歩数分で到着できるその場所では複雑な気持ち。


霧ヶ峰の名に相応しいガスの中に咲くキスゲ

霧が峰の最高峰は車山ということなのでガスが濃い中、満を持して向かうことに。
案内では往復時1間弱なのだがカメラだけを手に雨具の上だけを着て
短パンに登山靴という、すこぶる軽装で歩き出した。
すれ違う登山客から変な目で見られたかもしれないが
若い時に訪れてみた時のイメージで行程的には問題なかろうと、
緩い幅は2mもあるほどの立派な遊歩道を早足で山頂に向かった。
30分ほどで所謂、山頂部に到着し、写真を撮ってから小走りに下山。
明日からの2連ちゃん登山の体調チェックといったところだ。

霧ヶ峰の最高峰「車山」1925m

さて今宵の宿は湖畔に面した「民宿」で素泊まりのみ可の
リゾート地にしては珍しいほどの営業方針の宿だ。
年老いた父親とその子息と思われる2人で取り仕切っているようだが
まだ小生が若い時に訪れた避暑地リゾートの最先端を走っていた「白樺湖」は
当時のイメージはほとんど無く、大きなホテルが2つほど営業しているだけで
中小のホテル、旅館は閉鎖していたり廃墟化しているのが目立った。
「民宿」はその夜は数組の客がいるらしいが姿は見えない、
かなり古くなった廊下を歩いて部屋に案内されると
まあ金額に見合った8畳の和室に通された。(1泊3200円)
荷物を部屋に運んだ後はすぐ近くにある「すずらんの湯」で汗を流し
ミニ宴会に突入するのみである。

N島氏と一緒に来たのはこの春に須原で残雪歩きを楽しんだ、ご婦人の父上で
71歳を迎えたばかりのリタイヤ・ホヤホヤの元山屋さんである。
アルコールを受け付けない先達には申し訳なかったが
我らはビール、日本酒、ワインとスーパーで購入した出来合いの調理品を
アテに昔の山の話などに花が咲き、ぐいぐいと杯が進んで大いに飲み、語った。
明日は6時出発予定なので早めに宴は終了。

三国峠から三国山までちょっとお出かけ

家人から幾度も誘われていたのだが
近くて遠い存在であった「三国峠」に出かけた。
まだ関越道かできる前から週末に東京から越後須原まで
通い続けたR17の「三国トンネル」の丁度真上にあることは
承知していたし、歴史ある峠であることも知っていたが
その登り口である駐車場に停まることすらなかった。

前回の「陸奥温泉旅」でお世話になった家人の財布に感謝し
梅雨の合間に花でも見にゆこうと天気予報を見て突然決めた。
まあ近い所だからそんな事も可能なわけで
歩く時間も標高差も婦女子でも十分に往復可能な事は
地図を見て確認していたので朝食後に軽装で出かけた。
(と云っても火器も雨具も入ったザックだけど)

トンネル脇の三国峠入口


平標山の駐車場がそれなりに停まっていたので
少々心配したが、三国トンネルの新潟側出口にある駐車スペースは
群馬側に比べるとやや狭いのだがなんとかセーフ。
トンネル脇の川を渡るとすぐに広い峠道が始まるが
予想以上に綺麗に整備された道路である。(決して登山道ではない)
途中には甘露と云われている清水が湧き出しており
鬱蒼とした樹木に覆われた峠道をさらに涼しくさせている。
30分ほどの歩行で三国峠に到着すると群馬側の駐車場が見えた。

マイナスイオンたっぷりの峠道


神社の後ろに見えるのが三国山

いよいよ立派な神社の脇から本格的な登山道が始まって
朝露にキラキラと輝く灌木の間を縫って階段の多い急登が続く。
濡れた階段の木部が滑りそうで慎重に歩いていると
最盛期の終わったキスゲの花がチラホラみられる。
やがて見晴らしの良い平坦部に着くとキスゲの群落が広がっていた。
ここから山頂まではガレ場に作られた木道階段が続くのだが
ほぼ想定内で平凡な視界のない山頂に到着した。

キスゲの群落の後ろには苗場スキー場

山頂では記念写真だけ撮って、大源太への縦走路を少々歩くと
眼前に平標山のなだらかな山並みが広がり
その奥には谷川岳の急峻な岩峰が見えた。
「大源太」までのピストンも検討したが家人がギブアップしたので
ここでUターンすることにして見晴らしの良い急階段の途中で
珈琲を沸かして大休止とする。

平標山が見えた


11時には駐車スペースに戻って「街道の湯」で汗を流し
用意してきた昼食を食べてから気温が上昇してきた魚沼へ戻った。
台風の影響だろう熱風が南から押し寄せてきている。

キスゲ


シモツケ草


サラサドウダン

晴登雨読が続きました

数日前までは梅雨らしい天気が続く魚沼の里であるが
おかげで「魚沼の民」自身は本を読むページ数が上昇してきた。
晩酌後、就寝前に本を読む習慣はこの数十年続いていたのだが
最近はすぐに眠りに落ちるせいか「積読」の本が多くなって困っていた。
「秋の夜長は・・・」と同様な事は小生には成立しないわけで
晩酌後の夜はすぐに眠りにおちてしまい
外部活動ができない「雨の日」が一番集中して読書ができるのが
現実である。

最近読んでいいるのは「刑事物」と女性作家による「時代物」
(特に江戸時代)が月刊2誌に多くなってきたこと。
「笹本稜平」は一頃、山岳物を書いていたのだが最近は刑事ものが多く
シリーズ化していて「警察官僚」の深層部を鋭く抉っている。
警察OBが書いている「刑事もの」に比べて所轄署を中心にした
現場の刑事が警視庁の高級幹部と対立する物語は小気味よい。
他方ベテランの「大沢在昌」や「今野敏」は現代の世相を背景に
暴力団ではなく中国マフィア、半グレ集団が新宿や池袋を
中心に暴れまわる物語を書いている

女性作家による「時代物」は「山本一力」等の作家による人情物語
(特に彼の書くものは任侠系が多い)に比べて
市井の女性が主人公であるものが多く、見習奉公する少女や
苦界で働く薄幸の女性が描かれており不肖ながら落涙することもある。
特に最近は「北原 亞以子」「杉本 章子」「諸田 玲子」「松井 今朝子」
などをよく読んでいる。
男性作家では「葉室 麟」がとても良い。

さあ、梅雨明けは「書を閉じて山へ行こう!」

陸奥温泉旅・ちょっと登山(3)

青森の名物としては「ねぶた祭り」があまりにも有名だが
弘前の「ねぷたまつり」も劣らずに有名である。
そんな「はねっこ」達が昨日は「よさこい踊り」で
踊っていたのだろうか、一年の中で一番熱くなれる日の為に
練習して踊るのは「リオのカーニバル」と同じ?
他方、食べ物では名物の「みそ貝やき」なるものを初めて頂いた、
大きな帆立貝の殻の中に味噌を少々、だし汁と豆腐や野菜など
を入れて小さなコンロで焼きながら生卵を加えて
焦げないように掻き回して半熟の状態で熱々ご飯に
かけて食べるのが地元では定番だという。
そうそう、ニンニクも有名で、焼肉のお店では若者が
丸ごと焼いて食べていたが、青森のニンニクは高価なのに
豪快な食べ方だと感心する。

さて「弘前」からは一度「新青森」に戻って「盛岡」まで
再び「はやて」に乗って移動した。
「盛岡」からもレンタカーを借りて東八幡平に住む姉夫婦を
訪問してから今宵の宿泊場所である「籐七温泉」へと向かう予定である。
さすがに岩手県の県庁所在地であって駅前や郊外も大型店舗が多いが
我らの目的はあくまでも「陸奥の温泉」なわけで車はすぐに高速に乗って
「岩手山」の麓をぐるりと回って「松尾八幡平」まで走った。
まだ夏休み前なので「東八幡平」の別荘地帯はひっそりとしているし
バブル以降はペンションや企業の保養施設は撤退、閉鎖したものも多い。
他方、所謂富裕層は新たな別荘を作っている様子で
二極化する日本国民のヒエラルキーに驚くばかりである。

玄関先の白いバラ


主はこよなく薔薇を愛している

姉夫婦の家は日本100名水のひとつである「金沢清水」の湧水地からほど近く
主はバラの花をこよなく愛する庭師でもあり、絵画・音楽に造詣の深い
ちょっと変わった老齢の医師でもあるが、戦後間もない頃に
北アルプスを歩き回った経歴を持つ敬愛する師匠でもある。
果たして玄関先には白い蔓性の薔薇が満開で甘い香りを
一帯に漂わせており庭には10種以上の薔薇が咲き乱れていた。

お土産を渡し、互いの近況を報告しあい、来年の旅行の約束を交わした後
そそくさとアスピーデラインを標高を上げながら「八幡平山頂」に向かう。
今朝は盛岡市内の気温が9度ほどで車もエアコンの温度を暖房に設定するほどで、
8合目付近の道路脇にはまだ残雪が残っているわけだから
緯度が高いのと標高が高いのと相乗効果で季節は2ケ月戻った
陸奥の山頂付近である。

20年ほど前に旧い山友が八戸で長期赴任をしている頃であった、
八幡平山頂の駐車場で待ち合わせをして旧交を温めたことがあったのだが、
その時に泊まったのが今は廃墟になった「籐七温泉・蓬莱荘」だったと記憶している。
そこで体験した荒削りの露天風呂の思い出が懐かしい。
今回の「藤七温泉・彩雲荘」を選んだのもそのながれでもある。
廃墟といえばアスピーデラインの中腹、松尾鉱山跡にほど近くにあった
「御在所温泉」(たぶんホテル内の温泉で今は建物すら無い)と
「八幡平スキー場」は跡形もなく無くなっていた。
スキー客が減りバブルが弾けリゾート開発はあえなく沈没といったところか

まだシールを付けて残雪の山を彷徨っていた現役のころの晩春、
八幡平スキー場まで義兄に送ってもらってシールと一応の山道具を背負って
リフトの終点から歩き始め、途中にある茶臼小屋で休憩、
黒谷地の広い雪原をひたすらに山頂を目指して歩き
山頂から秋田側の「後生掛温泉」まで滑り降りる予定だった。
天候もよく山頂付近までは赤い布が木の枝に結ばれていたのだが
秋田側はマーキングは皆無、一応市販のルート図集には案内していたので
2万5千分の地図だけをたよりに下り始めて
沢をひとつ間違えて下り大きくルートを外れてしまったが
遠くに聞こえる除雪車のエンジン音に助けられてトラバースを繰り返し
無事に「後生掛温泉」にたどり着いた思い出も今は懐かしい。

宿の道路脇に咲く花たち

宿の道路脇に咲く花たち

さて今は1軒しかない「藤七温泉」(彩雲荘)は標高1400mにある
孤高の温泉であるが道路脇でもあり訪問者は多い。
真夏のハイシーズンは予約はおそらく無理だろうが、今は閑散期らしく
2人なのにかなり広い部屋に案内された。
窓際は携帯のアンテナは運よく窓際で三本立ったが、一般的には携帯も通じず
テレビも映らない事が売り文句で登山家・御用達の温泉宿かもしれない・・・
温泉は内風呂、宿泊客専用露天風呂、完全混浴の露天が4つほど
館の周りに点在していて実に多くの湯船がある野趣溢れる温泉である。
夕食も朝食も山菜中心の食べきれないほどの種類が用意されたバイキング方式、
なかでも山菜の種類とその料理にコメント付きの案内が嬉しい。
食べたもの全てが大満足で、強いてあげるならば「きりたんぽ鍋」の
鳥から取ったスープが抜群、硫黄で真っ黒になった温泉卵もなかなか、
あげればきりがないが日本酒の熱燗4本はみるみるうちに空に・・・

宿泊者専用の露天風呂

点在する露天、お尻の下からブクブク湯が沸いてくる


翌朝の朝食後、出発ぎりぎりまで温泉を堪能して
体はすっかり硫化水素ガスの香りが染みついてしまい、
恐らく着ているものまで移り香があるだろうから
しばらくは何処に行ってきたのか内緒にするのは不可能と思われる。
時間と懐が温かければまだまだ訪問したい温泉と山があるのだが
渡世はそう簡単にはゆかないのが残念。
お昼を盛岡駅で食べて再び「はやて」に乗り込んだら
頭の中が下世話な事で溢れてきた。

陸奥温泉旅・ちょっと登山(2)

この時期は4時頃に目覚めるのが体内時計にセットされているので
快適に起きだして細かな雨音を聞きながら朝湯に浸かり、
下から登ることのリスクや登山そのものを再検討する。
結局はレンタカーで八合目まで行って雨の様子を見てから決めることにして
「スカイライン入口」に向かうと何のことはない、
懸念していた「岩木山ヒルクライム」レースは中止になったとの係員の話である。
事前に当日は「ヒルクライム」といって自転車レース(登りだけの)
が開催されて八合目までのスカイラインが一番のバスが登る以降は昼まで
閉鎖されるとの情報を得ていたから、家人はそのバスで登り
小生は下から登って八合目の休憩所で待ち合わせと考えていたわけだが
この雨では足元を考えて、無理をせずに八合目からラッシュ・アタックを
することに決めた。

地図で見ていた八合目までのスカイラインは広葉樹が広がる樹海の中を
規則的なつづれ折りのカーブを繰り返して標高を上げてゆく。
八合目には想像以上に立派な無料休憩所があって、
売店とポットによる湯のサービス、清潔な水洗トイレ、
テーブルと座敷の休憩場所が提供されている。
なんといっても親切な係員の女性が居てアテンドをしてくれる。
ここで雨具を着てスパッツも装着、
運航休止予定のリフトも動かすようだけれども、あえてここからは歩くことにする。


ハクサンチドリ

マイヅルソウ


リフト乗り場の横から登山道が始まっていて斜面を巻くように緩い登りが
20分ほど続くと見晴らしの良い岩稜帯に飛び出してリフト降車場からの
道と合流して山頂部に向かう岩場歩きが始まる。
思った以上にグリップが効いた岩で滑る心配もなさそうだが火山にありがちの
脆くなった岩が不安定な形で登山道に敷かれているのが落石を招きそう。

ここから岩場が始まる

山頂のモニュメント

時折強風で体がもってゆかれそうになるものの雨は気にならない。
30分もかからず山頂に到着して小屋で給水することにした。
結局歩き始めてから休憩せず、給水もせずに歩けたのは
肌寒いほどのを気温と小雨が吹き付ける天候のせいかと感謝する。
長居は無用なわけで5分ほどの休憩をとってから下山開始、
雨も風も気にならずにグイグイと下って暖房の効いた「無料休憩所」で
珈琲を淹れてパンとミニトマトで早めの昼食タイムとした。

再び「小島旅館」に立ち寄って温泉で汗を流して着替える。
風呂上がりのビールを飲めないのが残念であるが
念願の「岩木山」を登り終えた安堵から「弘前スーパーホテル」までの
時間がとても短く感じた。
下界はまだ小雨が続いていてホテル付近では路上で「よさこい祭り」が
続いていたものの雨に濡れた踊り子達が少しかわいそううだった。
駅前でレンタカーを返却し、今宵の宴会場所を探しながらホテルまで歩き、
ホテルの温泉で再度温まり直してからたっぷりの焼肉を
ビールとウイスキーのハイボールで流し込みながら
念願の「岩木山」登頂を祝った。

陸奥温泉旅・ちょっと登山(1)

北東北が梅雨入りした日に旅立をした。
金曜日までは秋田・青森・岩手は好天が続いていたので
出発の一週間前から祈るような気持ちで天気予報を見ていたが
土曜日に「悪玉・低気圧」が青森の上にどっかりと居座って雨を降らし始めたら
ついに気象庁が「梅雨入り」発表。
よくよく「岩木山」と相性がわるいのかなと考えてしまう。

2004年の7月中旬、梅雨前線と競争をしながら車を走らせて
雨の降らない山を登ろうと山友と北上し、結局八幡平の避難小屋で
冷えた体で食事をした苦い思い出(福島・新潟集中豪雨の日)
から始まって陸奥の山は雨のことが多いのである。
それ以前の陸奥は四季折々見事なお出迎いをして頂いている。

「大人の休日倶楽部・ミドル」の特別切符(4日間JR東日本乗り放題)を
購入して久しぶりに「浦佐」から新幹線に乗って「大宮」で家人と合流、
一気に「新青森」まで「はやて」で北上する。
目的の「弘前」までは奥羽本線でやや南下するような地図上の位置であるが
青森の手前にできた「新青森」駅は単なる乗り換え駅で
「青森」ということで期待した「旨いお昼ご飯」は無くて意気消沈。
一方、「弘前」はさすがに城下町然とした小都市で、お城の周りなどには
歴史ある建物などが点在しており観光地としても有名だ。

駅からは「駅レンタカー」を利用して一路「嶽温泉」に向かうが
今回は昨年と異なる宿泊所で「小島旅館」を予約した。
選択の理由は料理と2つある湯船の温泉である。
チェックイン後は肌寒い小雨が降り続く外を気にしながら、
さっそく温泉に浸かって温泉の具合をチェックする。
湯上りはもちろん自前のウェルカン・ドリンクである
缶ビールで乾杯して天候回復を祈る。

手前がぬるめ、奥がやや熱い

昨年は「嶽ホテル」で一応「露天風呂」があったが、ここは内風呂だけであるが
湯船が2つあり、一つは40度ほどの快適ぬるめ温度、
もう一つは44度ほどあるだろうかやや熱い湯がいずれも「掛け流し」で
ザアザアと湯船から湯が溢れている様はなんとも「本当の天然掛け流し温泉」である。
白いタオルはここの湯で硫黄の洗礼を受けて
これ以降の陸奥温泉旅でずーと色が濃くなってゆくのであるが
大好きな「乳白色温泉」のはじまりである・・・・

玄関を入った時から下足箱に並んでいた登山靴の多さが
気になっていたが、果たして夕食時の皆さんの話を聞いていると
皆さんはなんらかの形で散策やら登山を目的にした人達のようで
とりわけ、女性だけの4人のグループは小生と同じで
下から「岩木山」に登ろうと計画していたが、
宿の人に天候を考慮しして前夜用意の「おにぎり」から
再び一般客用の朝食に切り替えたらしい会話が聞こえた。
どうも雨の様子を気にしている人たちのようなので
情報交換を申し入れて、お互いに翌朝の天気で判断することにした。

さて夕食は山菜が中心の器が並んで「青ミズ」「ワラビ」などの
濃いめ味付けの小鉢が特に気に入った。
当然、「嶽きみ」(とうもろこし)、香り高い「マイタケ」の天麩羅も
定番といったところか、日本酒のお銚子が並んでしまった・・・