月別アーカイブ: 2015年11月

この落差はなんだ!

昨日は雲の切れ間から雪線が下がってきた下権現堂山の姿を
町内の共同作業中に見ながら凍えるほどの手の指先を見舞ったが
今朝は太陽が姿を見せてからは気温がグイグイ上昇してきた。
午前中は遅れていた冬タイヤの交換と庭の樹木の雪囲いを行い
午後からは降雪前にと大力山に出かける。

秋葉神社に着く頃には汗ばんできて
先日、工事した場所に着いたときは汗が滴り落ちてくる。
夏用のシャツをたった2枚しか着ていないのに
この汗の出方はなんなだろう、昨日のビールのせい?
すでに11月の最終日だというのに、やはり暖冬のなせる業か。

クロハゲに至る稜線にも降雪が・・・


権現堂山に雪が降ると魚沼の里も根雪が近い・・・

休憩舎でシャツを着替えてお茶を一杯飲んだだけで
山ポストの修理を終えて早々に下山、
やはり今日もトンボが飛び回っている。
明日から師走だが、もともと走るほどの多忙さはない。
それでも降雪がないおかげで伐採の依頼があるような・・・
入広瀬まで遠征だ。

11月末なのに飛び回るトンボ

そろそろ雪かな・・・

窓から見える八海山の山襞に降雪の様子が見られる。
まだ平場には雪の姿はないが、もうすぐかな?
庭のミニトマトに花が咲いていたり、完熟の実が付いていたり
朝顔の花がさいていたりして季節感が少し狂ってしまうが
確実に本格的な冬が迫ってきているようなのだ。

芽カキした枝から成長したトマトの花


まだ追熟中の実

漸く咲き終えた朝顔の花

干し柿から大根へと席を交代した薪ストーブの上には
24時間火を落としたことがないから乾燥した空気が漂っている。
まあ、洗濯物は良く乾くからこのうえない環境だが
この快適さに慣れてしまうと厳冬期の寒さが身に応える。
いっそ雪でも積もってしまえば除雪作業や山歩きで
外での作業も習慣的なもので外に出るのは吝かではない。

大力山登山道整備

雪の降る前にと取り掛かった登山道整備が漸く終了した。
運び上げた丸太も全部使い切り、
当初予定していた区域の木製階段が出来上がった。
材料の廃材利用など稚拙な整備作業であったが
雪によるプレッシャーがどれほどのものになるかを
含めて実験的な工法なのでとりあえずこの冬を迎えたい。

10段の階段整備完了


整備風景

1時間ほどの作業を終えて休憩舎まで向かう途中で
ヒラタケとクリタケを見つけて採取。
予想以上に天候が安定していたのか数組の登山客が
休憩舎を訪れたり、交差した。
下山途中で鮮やかな実をつけた「ツルリンドウ」
暖かな陽気に誘われて咲いた「ツツジ」の花を見つけた。
秋葉神社の近くでは陽だまりでトンボが乱舞しているのが
小春日和の天気を物語っている。

ツルリンドウ

一輪のツツジが咲いている

視界良好

雨上がりの里山へ双眼鏡を片手に「キノコ探し」に出かける。
先日、裸眼で見えた木はやはり誰かが見つけたのだろう
すでにナメコは綺麗に採られてあった。
まあ、別の場所にあるポイントは残してあった幼菌が成長し
食べごろサイズになっていたので採取してまずは安堵、
さらに暫く通っていなかった道を歩きつつ双眼鏡で樹上のナメコを探す。
遠くに食べ頃のナメコを発見、さらにそこまでのヤブ漕ぎ途中で
幼菌が出た木と育ち過ぎの木を発見する。
数日後と来年の楽しみが増えた・・・
やはりキノコ採りはヤブ漕ぎをしなければいけないことを再認識。

この数年はナメコやナラタケ(あまんだれ)の生育環境が
なんとなく予測できるようになった。
やみくもに山を彷徨っても無駄であって、
樹木の植生、湿度の有無、風の通り具合などが大きく影響することが
林道を車で走りながら風景を見ながら感じたり
登山道を歩きながら確認したりしている。
春の山菜採りに比べたら秋のキノコ採りは奥が深い・・・・

「大力山」HPを修正しました。(山ノートアーカイブ追加)==>こちらから

これは大根おろしと煮浸しで食する

残り少ない晴れ間を有効に

昨日はせっかく良い天気だったのだが雑事があって
本日に延期した「大力山・登山道整備」を実施した。
例年ならば霙や冷たい雨が続く日が多いのだが
この数日は気温が高く、なにやら高温注意報が出ている。
そんなわけで外の作業をするには適切な環境で
午後からチェーンソーだけ背負子に括り付けて出発。
さすがに誰も登っている様子はないのだが
お寺の境内にオフロード対応のバイクが1台停まっている。

気温は15度を超えているから歩きはじめると
すぐに汗が噴き出してくる。
葉っぱが落ちて見通しが良くなった登山道を
現場まで一気に登ってすぐに作業を開始した。
鉄筋棒は2本使っただけで丸太の座りは良さそうな
感じだったので30分ほどで3段設置して今日は終わることにする。

少しは歩き易くなったかな

明日から2日ほどは雨が降ってまた晴れ間が続くので
運動がてら現場まで登って作業するには健康維持にも絶好、
帰りがけに見たナメコもイクラ大のものが幾らかあったし
初冬のキノコ採りも最盛期になるか。

知り合いが「大力山・山バッチ」の宣伝をして頂いてくれている。
有難いことである。

登山道整備

漸く天候と各自の時間がマッチングしたので
懸案になっていた登山道整備を行うことにして
ツルハシとチェーンソーを担ぎあげて作業を行った。

事前に運び上げておいた材料を切りそろえて
雨水などで削られた部分に丸太で階段を作る。
この方法は駒ケ岳の小屋番を長くやったY画伯の指導で
現場をみてもらっての工法を参考にした。
とりあえず4段作ってみて、雨が降りそうなので
休憩舎まで登って休憩

積雪に引っ張られるプレッシャー対応の工法

まだ丸太を敷いただけで砕石などを入れていないが
ひと冬終えて、雪がどのように影響するかをみてから
残りの作業をする予定である。
まあ、明日から晴れ間を見て一人でできる
作業を続けるつもりではあるが・・・

駐車スペースでお気楽、魚沼人(m・baba)さん
の車を見たので休憩舎で電話を入れてみた。
黒禿まで登って行ったなら待ってみようかと思ったのだが
留守録になっていたので早々に下山を開始。
登山口に近づいた頃にコールバックを頂いたので
駐車スペースにて待ち合わせて「山バッチ」を購入してもらう。
周回コース途中の旧い谷コースを下山したとのことで
足元がびしょびしょになっていた。
ご協力ありがとうございました。

秋は深まって・・・

旅先にて何人かの方から「山バッチ」の件でお電話を頂いた。
いずれも「大力山」の常連であり、猛者でもある。
我らの「登山道整備」の主旨に賛同して頂いて嬉しい限りで
近々お会いして「山バッチ」をご購入いただく予定である。

4日間の旅から帰ってきた翌日は喜多方に眠る「山の師匠」の
墓参を一緒する須原の小屋のオーナであるH氏と墓地にて
待ち合わせの予定でR252をひた走ることになった。
小雨の降る中を初冬のイメージが強くなった六十里越えをパスし
薄日が射し始めた喜多方の山麓に到着した。
墓前に出来立ての「干し柿」などを供えて納骨以来の
ご無沙汰を詫びながら合掌する。
さて、帰りは須原に泊まるH氏の車と併走して夕暮れが迫りつつある
R252を戻りながら来るときに見つけておいた道路脇の斜面にある
「ナメコ」が生えた木まで登って驚いた。
道路からは2本しか確認できなかったが5本ほどの木にビッシリと生えているのだ。
袋はひとつだし、器具も持ってきていないので、今年はこれまでと
手の届く範囲で採取して六十里越え峠を越えた。

翌日は先週、確認しておいた「ナメコ幼菌」が出ていた木を見に行ったが
すでに誰かが採取した痕跡のみ、さらに別の場所に行ったら
そこには充分な数の「ナメコ」が出ていたので一応満足して帰宅する。
この2日間で深まる秋のプレゼントを恵んでもらった。

食べごろサイズかな


ちょっと大きくなりすぎ

大人の休日倶楽部・パス

夏に続いて2回目の「JR東日本の4日間乗り放題」を利用して
東京にて柏に住む兄夫婦とリハビリ中の姉を見舞った後に
北千住にて一杯(いっぱい・・)飲んで都内にて一泊、
その翌日は東京駅の「大丸・デパ地下」にて岩手に住む姉の
希望に従って「江戸の味」を買い求めてから「はやて」に乗って
一路、盛岡を目指して旅人となる。

前回と違うのは「駅からレンタカー」を使わずに「路線バス」利用の
一人旅なので東京駅を列車が滑り出すと同時に500缶をピシューとやる。
まだ午前中なのでつまみは一応、乾き物でがまんしてセーブ。
ザックにしまってあるワインの栓を抜くことはしない。
なにしろ2時間少々で盛岡に着いてしまうからあまりベロベロならずに
持参した本も読まねばならないし我慢・我慢。
あいにくの雨模様で風景も愛でることができないので
うとうとしながら読書を続けていたら盛岡に到着。

1時間半の路線バスは盛岡市内を抜けて広大な面積をもつ
「岩手牧場」を突っ切って「岩手山」の麓へひたすらに向かうのだが、
その牧場のど真ん中を通る「奥州街道」の松林と広葉樹が実に良い。
春は新緑が眩く、夏は日陰を作り、秋には紅葉を見せてくれる。

かつては企業の保養所やペンション、富裕層の別荘で活気のあった
八幡平リゾートは住む人も少なくなり、特に晩秋は人の気配が無い。
バス停からそんな別荘地を小雨に迎えられてとぼとぼと
姉夫婦の住む温泉付き定住型別荘(?)にたどり着いた。
さて、アルコール類をほとんど飲まない義兄は齢90を数日後に迎える
現役の医師であるのだが東京生まれで「江戸の味」はこだわりがある。
特に「アナゴ」に関しては、その柔らかさや調理方法にうるさいので
今回持参した「天麩羅」と「アナゴ寿司」を喜んでもらった。

夜も更けるのを忘れて義兄と共に歩いた北アルプスを語り
自慢のオーディオ機器のシステム構成を語った。
さらには調子の悪い2台のプリンターを調べることになり
けこう多忙な「東八幡平温泉郷」の夜であった。

到着早々に入ることになった自宅に引いてある「温泉」に
またまた、朝食前に入るのは「温泉宿」なみの贅沢か・・・・
蛇口を捻れば熱い湯が出てくるのは「松川温泉」を源泉とする
この「温泉権付別荘地」の魅力でもある。

本日中に東京に舞い戻る予定のスケジュールなので
何時ものようにのんびりとせずにバス時刻を調べてから
午前中に「日本百名水」で有名な「金沢清水」付近まで歩き
20数年ぶりにそのバス停から盛岡までの車中の人になった。

さて東京では旧い山仲間と待ち合わせて40年来の行きつけの店で
旧交を温めることになっていた。
「五郎丸氏」のルーティンの如く、「お新香」と「銀タラ煮付け」を
頼んだ後は日本酒のお銚子が並び始めて名物の「鳥豆腐」「牡蠣豆腐」
さらには今年初めての「松茸土瓶蒸し」を頂いてお開きとした。
「クラッシュ&ビルド」が激しい東京の街は来るたびに風景が違うが
神田あたりの一角は40年前と同じ建物があったりして驚く。
友と飲みながら「池波正太郎」氏が同じ白木のカウンターに
座っているのではないかと思うほどの時空の不思議さを感じるのだ。

大力山・山バッチ作成

何時の頃か忘れてしまったが
「大力山」をこよなく愛する山仲間と
一杯飲む度に何か記憶に残るものを作りたいと
夢の話だけが先行していたのだが、
下の舟窪あたりの登山道がだいぶ傷んできたので
その補修をやろうと小生が言い出して
ついでにその「資金」を何とか訪問者から
喜捨していただける方法論として
「山バッチ」制作・頒布を企画しました。

本格的な補修工事はできないけれども
雨による土砂流出の速度にブレーキをかける
くらいの補修はなんとかやりたいと
準備を重ねているものの労働力の提供は
自らの肉体提供でどうにかなるのだが
材料費はそれなりに必要になってきたのです。

そんなわけで作りたかった「山バッチ」を制作し、それを
訪問者に購入して頂き、その利益で材料を購入することにしました。
まあ、利益が出なくとも作業はやるのですが・・・・
とにかく形を残す為に「山バッチ」を作ったわけです。

詳細は休憩舎に案内資料をぶら下げておきます。
また同時に「大力山」のホームページを作成==>
大力山ホームページ

PDFファイルはこちら==>>
案内(PDF)

取り急ぎご案内まで

これがバッチです