月別アーカイブ: 2016年12月

大晦日

昨日降っていた雪は10cmほどの痕跡を残して
今朝は南魚沼方面には青空が見えている
なんと穏やかな大晦日である。

年末・年始の食材仕入れも小生担当の仕込みも
ほとんど終わって夕方の年越しイベントを待つのみ。
「紅白」なる番組は10年以上前から積極的に観なくなったし
他の民放番組も煩いだけでTVはニュースかスポーツ番組しか
観なくなってしまったから専ら読書と昔のJAZZを聴く。

「山渓」の付録にある行程表を見ながら来年の遠征計画を練ったり
地図を広げて遥かなる山並みを夢想することも楽しい。
どんな食料をザックに詰めてどの山で一夜を過ごすか、
急斜面を喘ぎながら登り切って見ることができる
山頂からの風景を思い描いてみる。

加齢と共に訪れる体力の低下と相談しながら
とぼとぼと山道を歩くことが容易に想像できるが
気力だけは強くもって来る年も山に登りたい。

2016年最後の大力山

1昨日からの降雪予報が山間部でMAX40cmだったので
今日の大力山は新雪ラッセルかなと思っていたら
ほとんど雪が降らずに今朝を迎えた。

昨日の夕方から陽が射しこんできたので
翌朝が「放射冷却」の影響によって
かなり雪が堅くなっていることを期待した。
そんなわけで本日から年末・年始の休暇が始まるS氏に
メールして今年最後の「大力山詣で」に誘った。

約束の8時半、すでに車が数台停まっていて
この時期に珍しい小雪と陽が射しこむ絶好日和を
里山を歩いて年末の一日を過ごそうと思う
人達がいかに多いということか・・・・

秋葉神社まではほとんど雪が融けていて
凍った地面の上を歩くことに。
プラ階段を過ぎた頃から圧雪状態の雪に
昨日積もったと思われる新雪が少しばかり覆っていたが
それほど気になるほどでもない。

権現山も

権現山も

魚沼アルプス縦走路の後ろには唐松山が

魚沼アルプス縦走路の後ろには唐松山が

下の舟窪は尾根コースにトレースがあったので辿り
上の舟窪は夏道を歩いたが堅い雪はスパイク長靴の下で
確実なグリップを約束してくれる。
急登を終えるとさすがに積雪はやや増えて
まばゆいほどの朝日を浴びながら休憩舎に着いた。

魚沼三山も雪が少ない  

魚沼三山も雪が少ない  

ちゃんとハンディ・ミルで珈琲豆を挽く

ちゃんとハンディ・ミルで珈琲豆を挽く

魚沼市の市街地も雪が無い

魚沼市の市街地も雪が無い

ここまででご年配の男性単独行者1名、若いカップルと
クロス、前回の大力山・ラッセル時に会った湯之谷に住む
単独行者はクロハゲに向かって行った。
我らは恒例の珈琲タイムを終えて体が冷え込む前に下山、
気温は3度ほどだと思うが歩けば少々汗ばむ。
途中で先日、「大力山ラッセル行」をご一緒したm馬場氏
「大力山友の会」忘年会に参加した「もーうし」会の
O平氏とクロスして年末のご挨拶をする。

自宅に帰り着いてもまだ太陽が見えており
薪ストーブが弱になっているのに部屋は暑いほど。
太陽の力はすごい・・・・
年末の貴重な好天のおかげで「登山納め」ができた。

昼の料理、その1

高校生の頃から厨房に立って調理をする事に
何の抵抗もなかった、寧ろ楽しかったような気がする。
爾来料理を作る事は自炊生活の為だったり
山小屋での大人数の宴会用だったりと
素材、価格、旬のもの、量的な問題と
多くの経験を積ませてもらった。

昨今は日々の生活の為に厨房に立つ。
20年ほどの在宅勤務を経験していると
厨房でのひと時がストレス発散として
有効であることがよくわかっていたし
何よりも食材の買い出しから始まって
価格や季節の素材によって
メニューを考えることが楽しい。
パソコンに向かって仕事をしている
日常性からの積極的離脱なのである。

家人は月に2回ほど趣味の為に留守をするので
そのタイミングで禁断(?)の料理を作るのだ。
和食中心だったノーマルから少々外れて
メニューを考えて冒険をする。
(それは特に南欧に傾斜している)
この秋には魚介類を材料にした「アヒージョ」
冬には友人からヒントを得、
トッピングに変化球を加えた「マルゲリータ」
そして昨日のお昼は激辛「アラビアータ・パスタ」
午後の車の運転が無ければ軽く赤ワインでも
飲みたいところであるけれどもがまんして
粉チーズとハラペーニョ・タバスコをたっぷりとかけて
ヒーヒー云いながら食べた。

自家製の鷹の爪が3本入っている

自家製の鷹の爪が3本入っている

雨の日は料理三昧

一時は30cmほど積もった雪も思わぬ雨模様で
すっかり融けてしまいⅩ’masオープンを目指していた
市内のスキー場は残念なことになってしまった。

雨模様の日々は溜まった本を読んだり
正月料理の準備をしたりとインドア生活がメインだ。
やや早いと思ったが「松前漬け」を仕込んでみたが
この数年不漁が続いた原料のイカのせいか
「スルメ」が高いのには驚いた。
同じように高止まりの「カズノコ」はまだ入れていないので
一回目の仕込みは昆布、スルメ、割り干し、青豆のみで作った。

これをアテに日本酒を飲んだら・・・

これをアテに日本酒を飲んだら・・・

「カボス・ポン酢」に続いて同じ柑橘類である「鬼柚子」が
岡山の友人から2回に分けて送られてきた。
いずれも彼女が作った「柚子菓子」(砂糖煮)と
一緒に送られてきたので、早速小生もと
菓子作りに取り掛かった。

一つが野球のボールよりも一回り大きい

一つが野球のボールよりも一回り大きい

数年前に四国旅行の途中で会った時にご馳走になってから
旬の頃に送ってほしいとお願いしたら
嬉しいことに毎年送られてくるようになって
今年は豊作らしく2回も送られてきたので
小生も2種類の品を作ってみた。

友が作った1回目の柚子菓子

友が作った1回目の柚子菓子


2回目に送られてきたもの

2回目に送られてきたもの

以前に作った「文旦・ピ-ル」と同じような下ごしらえなので
2日間に渡って湯を沸かしたり、水を取り替えたりと忙しい。
最後はグラニュー糖を加えてホーロー鍋で焦げないように
弱火で煮込む事になるのだが、週刊誌を読みながら10分間隔で
ストーブ上の鍋の様子を見にゆく。
皮とその下の白いワタを分けて別々に調理するので
鍋は2つ用意して加える砂糖の量は微妙に変えてみた。
友人の作ったものに比べたら稚拙ものだが自分が食べるものなら
こんなものかと割り切って冷蔵庫に貯蔵した。

皮の部分だけで作った自前の砂糖菓子

皮の部分だけで作った自前の砂糖菓子

ワタと果汁で作ったジャム

ワタと果汁で作ったジャム

朝食後のヨーブルトのトッピングに2種の柚子菓子を・・・

朝食後のヨーブルトのトッピングに2種の柚子菓子を・・・

雪の大力山詣で

近々行う「大力山友の会」の情報交換会兼忘年会の連絡で
m馬場
氏とメール交換の際に日曜日は晴れそうそうだから
「大力山」に登る約束をした。
数日続いた降雪も土曜日には雨に変わって落ち着いたし
年内に1度は雪の大力山を訪問することも良いことだし
早速、町内のS氏にも連絡して同行することにした。

まだ厚い雲に覆われた約束の9時半に駐車スペースへ
すでに1台のスバル車が停まっていたが見覚えがない、
ラッセルの先頭をやってもらっているのかなと
少々安心してしまうのは弱気だな。
S氏はスノー・シュー、小生はカンジキが足前、
忘れ物をして家に戻ったm馬場氏に電話して出発。
まずは小生が先頭を歩くのだが
神社までは予想よりも少ない積雪で安堵したけれども
標高が高くなるにつれて雪が深くなるし
昨日の雨で重くなった雪が2番目の歩行とはいえ
先行者のカンジキ跡を追いながらも歩きつらい。

長靴の選択を誤ったのが原因か交換したカンジキのロープの
張り方がまずいのか幾度も踵からロープが外れかかるので
追いついてきたm馬場氏も元気そうだしトップを交代してもらい
最後尾をゆっくりと歩くことにする。
それでもカンジキの調子が悪くて疲労度が増すばかり、
されに気温が上昇してきたのか運動量が多いのか
汗が噴き出してきて頭に巻いた手ぬぐいがぐっしょりで
額から汗がポタポタ落ちてくる。

先行する2人、先頭がS氏、次がm馬場氏

先行する2人、先頭がS氏、次がm馬場氏


順調に飛ばしてゆく2人

順調に飛ばしてゆく2人

休憩舎付近で先行者とスライド、初めてお会いする人だった。
休憩舎になんとか辿りついてシャツを着替えたが
やはりびっしょりと濡れそぼっていた。
S氏の淹れた恒例の珈琲を飲みながら世間話をしていると
青空が広がってきて単独の男性と帰る頃には顔見知りの
里山さんが登って来た。
やはり「晴れたら山」の人が多いのだ。

周回コースに向かうm馬場氏と別れて
かなり踏み慣らされたトレースを辿りながら
下ってゆくのだが3回ほどカンジキが外れてしまい
最後は脱いでツボ足で歩いてしまった。
プラ階段下あたりで
HSSCクラブのO平氏
に出会い、明日の会合の再確認、
登り口付近ではまたまた明日の会合に参加する理容師のH氏に出会った。
晴れると皆、登ってくるなぁ・・・・

早めに再調整しないと長い山歩きに出かけられない、
急斜面にはやはりスノーシューよりはカンジキが好きだだから
グループで雪山を歩くときにブレーキになるのは
遭難リスクも増すことだし気をつけねばならない。
自分で編んだカンジキだからなおの事自分の責任は重い。
さて、次の寒波襲来は何時ごろなのか?

太陽の陽が温かく感じられた下降、市街地が輝いていた

太陽の陽が温かく感じられた下降、市街地が輝いていた

忘年登山(迦葉山)と奥日光温泉宴会

関東に住む友人と「忘年登山」兼「温泉宴会」を計画した。
「温泉」だけでも良かったのだが、
山屋としてはどうしても山登りを終えてから「温泉」という
スタイルは守りたかった。
計画最初は「那須岳」に登って「那須温泉」というメジャーコース、
又は「野反湖」付近の山を登って「万座温泉」だったが
結局落ち着いたのが群馬県の「迦葉山」を登ってから
金精峠を越えて栃木県の「奥日光温泉」という
ちょっと無理(移動距離)がある忘年登山・温泉宴会である。

出発前の2日間(土日)は魚沼にもかなりの降雪があって
群馬と栃木の道路状況のライブカメラを幾度もチェックしたが、
一番心配したのは「金精峠」の状況である。
夏には何度か通過したことはあるが冬は初めてで、
積雪・凍結の可能性がかなり高い時期だから
魚沼ではあまり経験できない凍結道路の走行に不安が残った。
(12月26日からは冬季閉鎖される)

「温泉忘年会」だけ参加したい家人も同乗して
12日の朝に小出インターから水上に向かう。
濃い霧の中から見えた谷川連峰の朝日に輝く姿に感動しつつ、
「関越トンネル」を抜けると関東方面も晴れていた。
JR水上駅から沼田まで時間つぶしに
鈍行旅をするという家人を水上駅で降ろし
山沿いの道路を沼田方面に向かう途中で久しぶりに
圧雪・凍結道路走行を経験したが、どうにかクリア。

沼田駅で友人をピックアップして「迦葉山」の登山口に向かう。
事前に「玉原スキー場」のライブカメラで
標高が高くなればかなりの積雪があることは承知していたが
駅から郊外に向かう道路には全く積雪が無い。
しかし天狗面で有名な「弥勒寺」に向かう参道に入ったとたんに
積雪が増えて除雪したばかりのような状況がうかがえ、
想像以上に長い雪の参道を走ることにしばし不安感が過ったが
前方に除雪車が見えたので少し安心した。
駐車場を除雪していたグレイダーが
作業を終えて下り専用道路に向かっていったので
漸く駐車場に乗り入れて数台の車が駐車してある隣に
停めようとしたがそこは新雪状態、
停めてあった車はどうもお寺の人達の車らしく
車の上には雪が積もっていた。
結局、今の時期は登山者は居ないということ・・・・

ザックを降ろして準備をしていたら作務衣を着た
僧侶が2人、スコップを手に駐車場に併設したトイレや
自分たちの車の周囲を除雪し始めた。
小生の車を見て雪国の人がなぜ雪の「迦葉山」に登山に
来たのか不思議そうに尋ねたので「忘年登山及び温泉」の
理由を話したら納得したようで新潟ナンバーの車の持ち主であった
僧侶が小出の寺に居る同僚や自身が出身の新発田の話でもりあがる。

広い駐車場は雪に埋もれて

広い駐車場は雪に埋もれて

強引に突っ込んだ車の前で準備を終えた友

強引に突っ込んだ車の前で準備を終えた友

寺の本堂も雪化粧

寺の本堂も雪化粧

いよいよ登山道

いよいよ登山道

さて寺の正面で登山の無事を祈って参拝を終え
渡り廊下の下を潜りぬけて登山道のスタート地点に
立った時点で積雪は20cmほどだったが、
どんどん雪が深くなり斜度も急になりツボ足での歩行が
少しばかりキツクなるが幸い群馬の雪は軽く雪を蹴散らして
ガシガシ登る、気温も低いので汗もさほどかかない。
しかし途中で登山道を見失って、しょうがないから
急斜面を直登したところで漸く赤いテープを発見、
その時点ですでに予定していた下山の時刻を過ぎていた。
晴れていた空も曇ってきたし、雪はますます深くなるので
初めての山でもあり、夏道の位置もわからないわけことから
無理をせずに下山を決定する。

膝上のラッセル

膝上のラッセル

下山は豪快に

下山は豪快に

下りはすでに登山靴にカンジキを履いていた友人が先行し
スパイク長靴の小生は後衛、ラッセルで苦労した斜面を駆け下りた。
まあ、これから金精峠を越えて奥日光に向かうわけだから
この程度の歩行で「忘年登山」を納得するしかない。
下山専用道路を下り始めたら道路の雪も少なくなってきて
途中で唯一開いていた「林檎園」にて2種類の林檎を購入、
味見をさせてもらった新鮮な林檎とジュースが
軽作業を終えた体にしみ渡った。

沼田駅で家人を拾っていよいよ金精峠に向かう。
道の駅で軽い昼食を摂った後に老神温泉、吹き上げの滝、
尾瀬方面との分岐を通過して丸沼高原あたりからは
予想していた圧雪・凍結道路が待っていた。
まあ、登りの場合はグリップが強いので安定しているが
やはり下りのカーブではハンドル操作が不安定、
エンジンブレーキを効かせてブレーキペダルは極力踏まない。
金精峠のトンネルを越えてからは積雪量が少なくなって
道路の濡れた感じのところも凍っておらず
なんとかホテルにたどり着いた。

我らの「温泉」の条件は「天然・掛け流し」が基本で、
さらに「硫黄泉」でなければならないのが必須条件。
「おおるり山荘」は条件に合致し、
さらに「飲み放題バイキング」という破格のサービス、
価格もリーズナブルで驚くほどの料金である。
まあ、そんな料金だから料理の内容は期待していないので、
チェックインを終えてから部屋に入ってみてその清潔感、広さには満足。
すぐに出かけた温泉の泉質や雰囲気も合格点、
さらに湯上りのビールと薯焼酎のお湯割りなどで盛り上がり
メインの夕食タイムでは「飲み放題バイキング」を堪能
生ビール、日本酒の熱燗、赤ワインなどを
決められた1時間以内に十分に頂いて
20人ほど居た客の一番最後まで飲食をした我らは
部屋に戻ってもさらに持参したワインなど飲みながら
昔の山の話で盛り上がって恒例の山屋・忘年会を楽しんだ。

大力山から鳴倉山まで周回コースを歩く

今年最後の「晴れ間」になるかもしれない予報が出た。
土曜日には「周回コース」を歩こうと思っていたら
小千谷に住むH谷川氏から電話があって
近況報告の中で翌日の「周回コース」の話が出たら
彼も参加することになった。

約束の7:30に向かって準備をしていたら
7:00前に携帯に電話で「今、家の居ます」と云う
窓の外を見たら2台の車、飲みかけの日本茶をガブリと飲み込んで
ザックを持って玄関を出てから彼らの靴を確認、
2人ともスパイク長靴にすると云うので小生も急遽靴下を履き替え
登山靴からスパイク長靴に変更する。
確かに今の時期、落ち葉や濡れた山道を考えたら登山靴よりも
スパイク長靴がグリップ力の点で優れている。

予定よりも30分も早い出発になったが宝泉寺の境内に
車を停めて出発、
同時期にもう一人車を停めて準備を始めた人が居た。
初めて会うH谷川の山仲間と自己紹介をしながら
(T田氏は飯山氏に住み津南の森林組合で働く
東京出身のJターン)
大力山の休憩舎までアイドリング歩行、
期待した青空はまだ見えないが適宜な気温で
さほどの汗もかかずに一気に「黒禿の頭」まで歩いた。
まだ陽が射しこんでこないので立ち止まると寒いが
腰を下ろして小休止ということで各自寛ぐ。

すっかり葉が落ちた山頂部にある標柱

すっかり葉が落ちた山頂部にある標柱

眼下には魚沼の市街地が広がる

眼下には魚沼の市街地が広がる

これから向かう「トヤの頭」に至る急斜面の道が見えた

これから向かう「トヤの頭」に至る急斜面の道が見えた

H谷川氏が15時までに帰宅したいとのことで
「笠倉山」には登らずに周回コースへ進むことにして
急な縦走路へ一歩踏み込んだ。
2人とも最近は巨木撮影に傾倒しているせいか
立ち止まって奇妙なブナの巨木にカメラを向けている。
小生はキョロキョロとキノコの姿を探しながら
同じようにゆるゆるとすっかり葉が落ち切った登山道を
ブナの枯葉を踏みしめながら歩いた。

12月の初旬にこんな乾いた山道を歩けるなんて

12月の初旬にこんな乾いた山道を歩けるなんて

突然、「ナメコ発見」の声を聴いてその場所へ急いだ、
彼らが撮影しようとしたブナの巨木近くにあった
ナラの枯れ木にびっしりとナメコが生えていた。
下部の菌はすでに腐りかけていたので手を出さなかったが
ずっしりとレジ袋に一杯のナメコが採れた。
近くにあった「ヒラタケ」や他の場所にあった
「クリタケ」なども別の袋に入れて
「大きなザックにすればよかったな」と反省。
今日は小さなザックがパンパン状態で出発したのだ・・・・

この1本で3Kほどのナメコが

この1本で2Kほどのナメコが

だいぶ大きくなってるナメコ

だいぶ大きくなってるナメコ

「駒の頭」で撮影タイムを少しとった後は
「トヤの頭」手前の急登で汗ばむほどのアルバイトを終え
「鳴倉山」へと急ぐ。
H谷川氏はこの周回コースが整備されてからは初めての訪問、
(積雪期にはラッセル縦走をしているが)
T田氏はしきりに登山道の整備がいきとどいていることに感心している。
確かに今の時期、余計な枝が邪魔しないし、
葉が落ちて視界が良いので素晴らしい周回コースを楽しんだ。

自作の標識が据え付けられていた

自作の標識が据え付けられていた

撮影に余念がない2人

撮影に余念がない2人

「鳴倉山」では1人の男性がパラグライダー用の大きなザックを
開き始めている姿を見かけて情報交換、
太陽が出て気温が上昇し気流の流れが良くなるまで待機との事。
正午を過ぎていたので小生が遅いお昼を摂りたい旨を伝え
大休止をとり、漸く顔を見せ始めた太陽の暖かな日差しの下で
お握りを2ケ胃袋にほおりこんだ。

鳴倉山から一本杉方面

鳴倉山から一本杉方面

さあ後は下降のみ、予定時間が迫っているので「一本杉」には向かわず
鉄塔から干溝集落に降りる鉄塔巡回路から下山することにした。
暖かな日差しの昼下がり幼い子供が畑で遊ぶ姿を横目に
車を停めた境内へと急ぎ、約6時間の陽だまりハイクを楽しんだ。

魚沼アルプス(仮称)周回コースGPSログ

魚沼アルプス(仮称)周回コースGPSログ