月別アーカイブ: 2017年5月

「オビカレハ」大発生

雪解けかの頃から大力山の途中で
見つけた「オビカレハ」の幼虫のコロニーが
こんなに大発生の結果になるとは思いもしなかった。

この2週間ばかり山菜採りなどで
里山を歩いていて見つけた坊主になった
彼らが好んで食べる広葉樹の樹々や
須原の小屋の往復で眼についた
道路にまで毛虫が溢れている光景、
少し薮こぎしただけで衣類に数匹は
張り着くので車に乗る時はお互いの衣類を
クロスチェックする必要があった。

「アメシロ」や「マイマイガ」などは毎年発生する
ということはないのだが、「オビカレハ」は昨年あたりから
樹々の又に張られた巣が目立つようになった。
果たして温暖化の影響か?はたまた・・・・
天気が良い時は「大力山詣で」をするのが
楽しみだったけれども、知り合いの何人かが
太腿や腕の内側(いずれも皮膚が柔らかな部分)に
痒みを伴う湿疹ができている様を見せてもらってから
あの毛虫が羽化するまでは山歩きを自粛しようと思っている。

たしか昨年の山道整備でやられたのは「チャドクガ」、
ブナの葉から垂れ下がっている小さな虫は
首筋から襟に入り込んで数日後に赤く湿疹が出て
何日もかゆい思いをしたことがあったので
怖くはないが良い思い出が無い。
地球はおかしくなっているのか?

陸奥・温泉付き山旅(珍道中)その4

もう一泊して別の山(例えば早池峰山とか)という話も出たが
魚沼への戻りを考えると5泊の旅はいささか長すぎるので
まずは次の温泉へということで再訪を考えていた
鳴子温泉郷の「滝の湯」へ向かうことにした。
長い峠道をゆるゆると下り続けて、一関の市街地に戻らず
途中から山沿いの地方道を宮城県大崎市へと
車のナビは案内してくれた。

急斜面に咲く見事な桜1

急斜面に咲く見事な桜1

もう一本、桜が・・・

もう一本、桜が・・・

宮城県側から見る栗駒山

宮城県側から見る栗駒山

目的地に着いたので、まずは腹ごしらえとということで
駐車場に隣接する「足湯」のベンチ付近で湯を沸かして
珈琲を淹れたり、残った食料をベンチに広げた。
その近くに「温泉たまご」を作る設備が開放されていて
到着後に小生と世間話をしていた妙齢のご婦人が、
そこで作った「温泉たまご」を差し入れてくれた。
早い昼食を終えたので駐車場から歩いて「滝の湯」へ向かう
自販機で150円の入力料を購入して中へ・・・
有名な共同浴場のここは何時も混んでいるが、
平日の昼下がりは数名の客が入浴中。
湯から上がりかけた外人の青年と眼があったので挨拶し、
フランスから来た彼は湯が高い位置から滝のように落ちている
様は初めてであることなどを話し終えて出ていった。
やや熱めの湯には長居はできず、まだ長い距離の運転が
待っているので早々に後にした。

さてここからは山形県へと山越えをする。
何度か走った道を「尾花沢」へと向かい、
眼前に見えた雪を頂いた山並みが「月山」か「鳥海山」かを
議論しながら今度は「山形市」へと南下する。
すでに15時を過ぎているので須原まで急いでも21時頃に
なるから途中の温泉にもう一泊しようという話になって
事前にチェックしてあった「小野川温泉」にある自炊宿に
S田氏が交渉の電話をして話がまとまった。
米沢市内でビールと食材を仕入れて「吾妻連山」が遠望できる
「小野川温泉郷」へと向かった。
宿は24時間・源泉掛け流しの「自炊専門保養所」で
管理人の老婆が出迎えてくれた。
ほとんど宿泊客は居ないと思われる宿であったが自炊設備は
老婆が使う台所を使わせてくれたりと、なかなか親切。

早朝に目覚めた我らは24時間源泉掛け流し温泉ならではの
「朝湯」を浴びてパンと珈琲だけの朝食用意中に老婆が部屋を覗いた。
洋服に着替えていた我らを見て「もう出発ですか?」と
驚いた様子であったが丁度良いのでチェックをお願いして
その後に届いた請求書を見て驚く。
ネット情報では3500円だったのだが3000円と500円も安く
入湯税も一人75円という破格の安さ・・・
出発時に玄関まで見送りしてくれた老婆に
S田氏は何度も頭を下げたり手を振ったり・・・・

米沢から喜多方まではこれも通い慣れた街道を
快適に走ってまだまだ真っ白な「飯豊連峰」を右手に
会津坂下から只見町、六十里峠を抜けて魚沼に戻った。
最後の夜は須原の小屋で〆の宴会をしたいとの
S田氏の願いを受け入れて宴を張った。

陸奥・温泉付き山旅(珍道中)その3

年老いた山屋は朝が早い、4時には目覚めて天候待ち
夕べの飲食が豪華(?)だったせいかあまり食欲はないが
とりあえず行動食のバナナを食べることにしてザックを開いている時に
スリガラスの外が明るくなって霧の間から太陽が一瞬顔を出した。
天候好転の兆しが現れたということで身支度を整えて6時には
フロントでチェックアウトをしてから車に自炊道具等を載せてから
露天風呂の裏から始まる登山口に向かった。

まさに源泉の間を歩いて入山する

まさに源泉の間を歩いて入山する

「山ログ」などを読んで知ってはいたが
まさに源泉が湧き出してゴウゴウと音を出して流れる「湯川」の
間を縫うようにして宿の裏から始まる残雪の冬道に突入、
恐らく本日の最初の登山者だろうから雪の上に残っている
トレースは不鮮明だし、まだガスが濃いので竹竿や立ち木に付けた
ピンクリボンが見つけつらい。
スマホのGPS情報などを頼りに何度か残雪の灌木帯を右往左往、
途中で空身のゴム長を履いた人に会って話したら
「昭和湖」に様子を見に行ったとのこと、
どのコースを歩いたのかトレースが見当たらなかった?
それでもそこからは彼のトレースを追ったり
視界が良くなってリボンが眼に入るようになったので
雪上を歩くことに集中できるようになった。

ピンクリボンを見失って灌木帯を彷徨

ピンクリボンを見失って灌木帯を彷徨

昭和湖はまだ雪の下

昭和湖はまだ雪の下

コバルト色の湖面が少しだけ現れている

コバルト色の湖面が少しだけ現れている

この分岐では3つのコースが合流する

この分岐では3つのコースが合流する

天狗平から山頂方面を臨む

天狗平から山頂方面を臨む

昭和湖まではほぼ水平歩行のようなものだったが
ここからは急な登りが始まって好きな雪上歩きができる。
快適に雪の斜面を40分ほど歩き続けると尾根道に飛び出した。
須川分岐では雪も消えており他のコースが合流して
山頂への緩い尾根歩きが始まって視界も開けてきた。
山頂で人影を発見して話しかけると「中央コース」から
登って来た70歳を迎えたばかりの元気な方であった。
どうりでトレースが無かったわけだ。
写真撮影などしている間に駐車場で出発間際に話しかけてきた
北海道から一人旅を続けている単独行の男性も到着、
スマホ・GPSアプリの案内メッセージが聴き慣れたものだったので
そんな会話を交わしつつも漸く晴れて周りの山々がいくらか
見渡せることを喜んだが今日中にまた移動することを考えると
長居はできないので早々に下山することにして山頂を後にした。

栗駒山の山頂部には雪が無かった

栗駒山の山頂部には雪が無かった

山頂から最短コースであるイワカガミ平を臨む

山頂から最短コースであるイワカガミ平を臨む

途中の地獄谷は至るところにガスが噴き出している

途中の地獄谷は至るところにガスが噴き出している

硫化水素ガスの為に草木が生えない地獄谷

硫化水素ガスの為に草木が生えない地獄谷

下山途中で遅いパンと珈琲の朝食

下山途中で遅いパンと珈琲の朝食

陸奥・温泉付き山旅(珍道中)その2

一関では次に登る「栗駒山」の登山基地となる
「須川温泉・自炊部」で飲食するビールと
「モツ煮込み」に入れる豆腐などを購入する為に
スーパーに立ち寄ってから温泉を目指した。

出発前に宿から電話でアクセス道路の「夜間通過制限」
が開放された旨の朗報が入っていたので安心してのんびりと走る。
かなり細い道路が尾根の斜面につけられたのを辿りながら
標高を上げてゆくと道路脇には雪解けが終わったばかりの灌木が
新芽を開き始めていたり、フキノトウが顔をだしていたりと
魚沼とは1ケ月ほど季節が逆戻りした感のある風景を楽しみながら
4時頃には強風が吹き荒む「須川温泉」に到着。
フロントで本日の天候を訊ねると風の強い曇天だったとのこと。
気象予報士である同行のS田氏が予想する明日の好天を祈って
まずは驚くほどの流れ出る源泉を眼前にできる露天風呂で
感激の声を上げ乍ら陸奥の湯を楽しむ。

車が1台も停まっていないビジターセンター前駐車場

車が1台も停まっていないビジターセンター前駐車場

ビジターセンターの前に道路を挟んで「須川温泉」がある

ビジターセンターの前に道路を挟んで「須川温泉」がある

露天風呂の隣に登山口が

露天風呂の隣に登山口が

本日のメニューは「山菜と生ハム」をトッピングした「ピッツア」と
豆腐入りの「豚モツ煮込み」それにまだ余っている山菜の煮物。
ビールから始まって日本酒、さらにワイン、
陸奥の名湯「須川温泉」の凄い湯量に感激したものの
自炊棟はまだオープンしたばかりで且つ標高も高いからか
部屋にある暖房用のヒーターの効果が現れずに
浴衣にどてらを着込んでもまだ寒い感じがする。
翌日の早朝出発の為に21時には就寝。

陸奥・温泉付き山旅(珍道中)その1

予ねてより計画していたGW後の陸奥山旅(温泉付き)を
目的の山を何度も変更しながらも漸く終えた。
天候にらみと平日に拘った旅なので実施が15日から4泊5日で
移動日が多かったのだがたっぷりと温泉を楽しんだ。

当初は月山のスキー場から雪上歩きで山頂を目指して
「肘折れ温泉」にでも泊まる予定だったが天候が悪く
出発間際に「会津磐梯山」に変更した。
数日前に開通したR252の雪割り街道を喜多方まで走り、
山の師匠が眠る墓苑でお線香をあげてから
雪解けを終えたばかりの磐梯スカイラインを走って
以前にも泊まった「中ノ沢温泉」の花見屋旅館へ向かう。

毎分1万3千リットルの湯量が自慢の温泉で
プールのような露天風呂がすごい。
今回は「自炊の宿」か「素泊まり」拘っていたので
遅く着いても素泊まりだから宿には迷惑をかけない。
まずは温泉に浸かってから用意したビールをプシュー
事前に作っておいた山菜料理と電子レンジで温めた
キングサーモンのソテーでやりだしたら
2人で350缶はあっと云うまに6本空けてしまった。
それから喜多方で買った「会津誉」を少々頂き
翌日の早朝出発の為に早めに就寝。

翌日は天気が回復傾向にあったものの
濃い霧と強い北風に戸惑いながらも「会津磐梯山」の最短コースである
「八方台」を目指して車は標高を上げてゆく。

八方台の広い駐車場と休憩舎

八方台の広い駐車場と休憩舎

6時半では駐車場には1台も車は停まっていないし
天候も好転していないが雨でないだけ良いかと言い乍ら歩き始めた。
小生は今回の陸奥ツアーは「スパイク長靴」がメインで
一応登山靴とスパッツも用したけれども結局使わなかった。

登山道は道路脇から林道歩きで始まる

登山道は道路脇から林道歩きで始まる

登山道は広く林道のような感じだった。
恐らく途中にある「中の湯温泉」が営業していた頃は
軽トラくらいならば通れるような巾員の道で
所々に残雪が残っていたが緩い登山道を歩いているうちに
廃屋になった「中の湯」跡に到着。
かなり大きな宿だったのだろう数棟の建屋が廃墟になって
その前に源泉が湧き出ている風景がもの哀しい。

廃業した「中の湯温泉」跡

廃業した「中の湯温泉」跡

この湯溜まりで入浴する猛者がいるとか・・・

この湯溜まりで入浴する猛者がいるとか・・・

裏磐梯からの登山道と合流

裏磐梯からの登山道と合流

ここからがやや急な登りが始まってやがて噴火口沿いに
横歩きが始まって何時の間にか「弘法清水」に出る。
2つある小屋はまだ閉めたままで清水だけが掘り起こされて
美味い水が流れ出ていた。
ここから山頂まではけっこう雪が付いていて急な細い登山道を
喘ぎながら登り終えると強風が吹きまくる山頂に到着、
記念写真を撮り終えると濃いガスと強風で冷え切った体に
ムチ打って下山に取り掛かった。

弘法清水は掘り出されていた

弘法清水は掘り出されていた

濃いガスと強風の山頂

濃いガスと強風の山頂

今の時期は当然山頂の小屋も閉まっている

今の時期は当然山頂の小屋も閉まっている

まあ、気温が「弘法清水小屋」の温度計で3度で
汗ばむほどでも無い環境下での歩行だったから
給水の休憩は2回ほどで駐車場に着いた。
途中で単独行の女性、7,8人のグループとスライドしただけで
条件の良くない山だったが一応予定の一つをクリアして
土湯峠を越えて土湯温泉の「サンスカイつちゆ」(250円)
にて汗を流し終えた頃に太陽が顔を出してきた。
ここからが長い、唯一の高速道路を使う場面で
一関までは新緑の東北道をひた走って岩手県入りをした。

雨上がりの新緑が眩しい大力山

夏日が続いたかと思えば梅雨の走りのような雨が降る、
そんな繰り返しで日増しに緑が濃くなってゆく。
水田の田うちが進んで水を湛えた田圃が増えたし
苗を植えた畑も多くなった魚沼の里である。

植え替えた「サルナシ」の1本は完全に葉が出そろって
もう1本も遅れて心配していたが沢山の芽が膨らんできた。
10年以上も育てた「アイヌネギ」も鉢植え分も
露地に移した分もたわわに葉を広げている。

週末の知人宅で開かれる宴の席で
翌日の日曜日の「大力山」詣での話が決まって
下の舟窪の登山道に横たわっているブナを伐採する目的と
休憩舎のベンチの脚が壊れているのを修理することも含め
久しぶりに背負子にチェーンソーを括りつけ、
ザックにはノコやインパクト・ドライバーなども入れて
登ることにした。

最初から半袖のTシャツ一枚で登り始めたが
町内のS氏と今回も同行した家人は登山道脇の
シオデや根曲り竹などを採りながら歩き、
小生は重い荷物に喘ぎながら鼻の先から汗がポタポタ
落ちるほどの苦役を担っている。

まずはチェーン・ソーで登山道を跨ぐように
頭の高さくらいで横たわったブナを切り始めたが
2回にわたって刃が樹に挟まって大変な思いをした。
ようやく幾つかに切断したブナの木を登山道横に
横たえた時には全身が汗びっしょり、
チェーンソーをその場にデポして山頂部へ。

ベンチの脚のサイズは用意した角材がどんピシャで
ノコの出番はなかったが他の部分も補修する為の
釘の本数が足らずに少々残念。
作業を終えて恒例の珈琲タイムでは残雪が消え
濃淡の違いはあるにしても全山新緑の山々を見ながら
「登山道整備」という自らに課した労働を終えた
爽やかさに少しだけれども感激。

後続の数人は黒禿や笠倉へ向かい
続々と訪問者が増えてきた大力山、
下山の途中で朝から自治会の2つの共同作業を終え、
さらに田圃仕事を終えたR太郎氏から電話、
麓を出発したところだと云う。
プラ階段あたりでカメラを手に被写体や
タケノコを探しながら登ってくる同氏と出会い
立ち話をした後に気温が上昇してきた登山道を
小気味よく歩いて新緑の里山詣でを終えた。

GWは里山でウロウロ

この数日、あまりの好天で山菜採りをしたり
里山を登ったりして終盤を迎えた今日は久しぶりの雨模様。
植え替えた「サルナシ」の為には恵みの雨で
上手く根付いてくれれば良いと思っているのだが・・・・

一本杉に咲く白いイカリソウ

一本杉に咲く白いイカリソウ

この色がスタンダードか

この色がスタンダードか

オオカメノキも沢山咲き誇る

オオカメノキも沢山咲き誇る

珍しく家人が「大力山」に登りたいといったので同行し
久しぶりに「葎沢」まで周回して手入れの行き届いた道を歩いた。
雪がある時は一本手前の尾根ばかり下っていたが
夏道が出たらこの道を歩くのもいいのかもしれない。

木漏れ日の下で

木漏れ日の下で

立派なシオデをゲット

立派なシオデをゲット

その数日後はm馬場氏から「黒禿」手前の尾根で「シャクナゲ」が
咲き始めたとの情報を得たので須原の小屋でGWを過ごしていたN島氏を
誘って出かけた、この日も家人が同行。
途中で知り合いと出会い、山頂で会話を楽しんだり
下降の途中でやはり小千谷のH川氏とばったり出会ったりと
皆さん近場の山で楽しんでおられた。

シュンランも咲き始めた

シュンランも咲き始めた

ムラサキヤシオ

ムラサキヤシオ

イワナシの群落

イワナシの群落

ブナが芽吹いた直後

ブナが芽吹いた直後

大力山から歩いてきた稜線

大力山から歩いてきた稜線

八海山が眼前に

八海山が眼前に


咲き始めたシャクナゲ

咲き始めたシャクナゲ

蕾も膨らんだ

蕾も膨らんだ


イワウチワ1

イワウチワ1


イワウチワ2

イワウチワ2


山頂直下の雪稜を歩く

山頂直下の雪稜を歩く

残雪の駒ケ岳訪問

だいぶ前にm馬場氏から29,30日のいずれかの日にということで
「駒ケ岳」登山に誘われていた。
彼は例年、GWに「駒ケ岳」へ登るのを恒例としているのだ。
29日は一時的に寒気が南下して雷雨になる予報が出ていたので
30日に決定してその日を待つわけだが
どんぴしゃり当日は絶好の登山日和となった。

シルバーラインの入口に5:00集合という約束で町内のS氏と
放射冷却でガスが漂う早朝の樹海ラインを向かう。
数台の車が仮眠中の車列の中にすでに到着しているm馬場氏の車を発見、
彼の車に同乗させてもらうことにしてインプレッサを置いて
銀山平へ向かうことになった。

トンネルを抜けるとそこはまだ雪壁が続く別世界、
運よく「石抱橋」の駐車スペースに車を停めることができて
やや肌寒さを感じるピリリとした空気のなかを出発する。
暫くは「北ノ又川」沿いの平坦な残雪道をスキーのシュプールや
多くの登山者が歩いた踏み跡を辿りながら歩くことになる。
いよいよ「道行山」への取り付きが始まるといきなりの急登、
早朝の雪はまだ堅くてアイゼンが欲しくなるががまんして歩く。
濃いガスが晴れてくると左手に「荒沢岳」が急峻な姿を見せてきて
銀山平のログハウス村あたりにガスが漂っている風景が見える。

出発前のひと時

出発前のひと時

北ノ又川沿いのアプローチを歩く

北ノ又川沿いのアプローチを歩く

道行山への取り付き斜面を登り終えて

道行山への取り付き斜面を登り終えて

銀山平方面はガスの中

銀山平方面はガスの中

高度を上げると一部、夏道が露出している部分に出る。
そこには蕾から今にも開こうとしている「イワウチワ」が
暖かな朝日を浴びながら春を満喫している。
再び雪が現れて「道行山」への最後の急斜面が始まると冷たい風が
正面から吹き始めて火照った体を一気にクールダウン。
あえてピークを踏まずに縦走路に回り込んで風の当たらぬ場所で
小休止をして全容を現した「駒ケ岳」を仰ぎ見た。
「小倉山」までの緩い登りとその後に続く「前駒」へ突き上げる急斜面、
そして「駒の小屋」直下の斜面が待っている。

林の間に駒の姿が

林の間に駒の姿が


荒沢岳も良く見える

荒沢岳も良く見える

道行山への最後の登り

道行山への最後の登り

道行山のピークから少し下るS氏

道行山のピークから少し下るS氏

これから歩く尾根が連なる

これから歩く尾根が連なる

いよいよ長い残雪の尾根歩きが始まる。
一応ピッケルは持参しているが「お守り」のようなもので
ザックに括り付けたままである。
「アイゼン」は「小倉山」をトラバースする手前で漸く取り出した。
12本爪はやめて6本爪の簡易アイゼンにしたわけだが
この雪の状態では全く問題はない。
すでにこの時点で猛スピードで歩く単独行の男性と
スキーを履いた数人に抜かれているが
スピードは上がらずに重い体重と10Kにも満たないザックを
高みへと持ち上げている青息吐息の自身がそこにいる。
加齢による体力低下の現実を潔く認めて先行する2人を追い続けた。

小倉山のトラバースを終え前駒に向かって

小倉山のトラバースを終え前駒に向かって

前駒から山頂方面

前駒から山頂方面

「前駒」の長い登りは一歩の間隔が狭いだけでそれほど疲労感は
感じなかったが、
そこから「駒の小屋」まではさすがに疲労が蓄積したのか
山頂まで足を延ばす気力が失われた。
空身で出かける2人を送り出してから
湯を沸かし早めの昼食を食べることにした。
時折、冷たい風が吹き付けるものの穏やかな天候の下
家人が用意してくれたお握りを頬張り、
好物の糠漬けや山菜の煮たものなど
食べていると少しばかり体力が戻って来たようだ。
2人が戻って昼食を終え恒例の珈琲を飲むころには
多くのスキーヤーが続々と到着する。
登山者よりも圧倒的に多いのに驚き、それにもまして
顔をスカーフで紫外線防御した女性が多かったのにもさらに驚く。

駒の小屋前からは山頂部に向かう人影が良く見える

駒の小屋前からは山頂部に向かう人影が良く見える

登り6時間、下り4時間の予定だったので
早めの下降を開始すべく重い腰を上げた。
m馬場氏は尻セード用の「ミニ橇」の用意をして最後尾につき
S氏はガンガンと飛ばして下ってゆく。
小生は右足のスパッツが調整不良で靴の間に雪を巻き込んでしまい
幾度も立ち止まって雪を掻きだした。
何となくソックスが濡れたような気がするが遅れが気になり
そのまま歩き続けたのだが、
どうも靴底に通すベルトが緩んでいたらしく
「前駒」の急斜面を終えた時点でゆっくりと不具合を再調整して
漸く足元を気にすることなく皆を追う。

下りはほぼ駆けていたS氏

下りはほぼ駆けていたS氏

ソリも結構速い

ソリも結構速い

振り返ると駒が遠くなった

振り返ると駒が遠くなった

最後の斜面を駆け下りる

最後の斜面を駆け下りる

「道行山」の下で待っているS氏に追いついた時は
「駒の小屋」を出てから1時間弱経過していたので
なんとか予定の16時よりは早めに到着するメドが立った。
ここからは下る一方で先行者のトレースを追いながら
登りとは異なるコース取りをして一つ手前の尾根を下った。
水平歩行となる「北ノ又川」沿いの長いアプローチ道は
長い下りで使った筋肉が悲鳴を挙げだしたのか
疲労感が一段と増して「石抱橋」が見えた時はホッとする。
雪焼けした額がヒリヒリし、サングラスを外すと昼下がりの
銀山平はかなり気温が高く感じた。
スパッツを外して登山靴を脱いだ開放感で
長い日帰り登山を終えた安堵感がどっと襲ってきた。

GPSロガー

GPSロガー